石畳の坂道

重い雲の垂れ込めた午後、突然思いついて、オペラ座の裏手、聖三位一体教会からモン=マルトルへ向かう界隈を歩いた。
渡仏直後、僅かの間であったが、ギュスターヴ=モロー美術館のある坂道に住んでいた。確か、六階の最上階。階下の家主は、芸術家夫婦で、聖シュルピース寺院の塔の中に仕事場を持っていた。中庭を隔てた向いの老婦人は、白い長毛猫と暮らしていた。私も日本から連れて来た二匹の三毛猫と一緒であった。聖心寺院の近くまで散歩に行き、くれなずむ巴里を一望して帰ってくると、いつも猫達が出迎えてくれた。
当時、よく立ち寄った小さな美術館は、近年『浪漫主義生活美術館』と、名を変えた。特別展示室等、やや拡張されたけれど、相変わらず閑静で人少な。もっとも、天気と時間のせいもあるのだろう。
『露西亜浪漫主義展』。プーシキンやゴーゴリの作品世界を彷彿させる油絵も水彩画も落着いて穏やかな作風。常設展示のショパンやジョルジュ=サンド関係の遺品もひっそりと息を潜めているかのよう。
観るというのではない。漫然と眺めて、やや奥まった美術館から表通りに出ると、既に黄昏。暗く狭い石畳の坂道が入り組んで続いている。車も少ない。人影も稀である。
初めての一人暮らし、外国生活。緊張し切って、この辺りを毎日歩いていた頃、まだこの世に存在していなかった命。
二匹の猫達と、更にもう一匹の仔猫の昇天の後、巡り会えた。十七年と四ヶ月間。
歳月が経ってしまった事を納得する為に、この界隈に脚を向けたのだろうか?
亜子ちゃんと居る時だけは、純粋に幸せだった。
亜子ちゃんにとっても、そうであってくれますようにーーー。
あれほどよく利用した筈の地下鉄の駅への道もおぼつかない。立ち話をしている職人風の二人に聞いて、坂を降りきった。

ひたぶるにあきらめのなき心もて夕闇に聞く秋雨の音






ヴェネチア=バロックの一曲

照るともない青空を、雲が淡淡しく流れて行く万聖節の夕刻、聖R教会で、小音楽会が催された。
小さな御堂には、所狭しと極彩色の聖像や写真、色とりどりの花束や造花が飾ってある。無数の蠟燭の赤い光が、揺れている。両側の壁の上部の無彩色の窓が、弱々しい日の光を透かしている。
聴衆は二十人程だろうか?白髪が目立つ。
クラヴサンとソプラノ、ヴェネチア=バロックの夕べ。モンテベルディやヴィヴァルディの歌曲。二人ともまだ若い。硬質の澄んだ声と、撥弦楽器の鋭い響きとが、不思議な程、ひっそりと儚い。曲毎に、クラヴサン奏者が簡単な説明を加えてくれる。
「これから演奏するカヴァッリの曲の一節は、現代の有名なシャンソンによく似ている筈です。同じ和音、諧調ですから。」
確かに、知っている気がする。もの哀しく、それでいて想いが籠っている。
答えはーーー。
「Ne me quitte pas.」
邦訳「行かないで。」勿論、ジャック=ブレルの原詞は、恋愛詩なのだけれどーーー。
「逝かないで。」
もう二度と、一瞬でも離れる事のない存在になってしまったーーー。

見知っている教会と、やや趣を異にすると思ったが、同じ旧教でも独自の立場を守るガリカン派との事。此処では、死者の月である十一月の第一日曜日には、動物達にも祝福を与えてくれるという。ふと来てみたくもなった。
しかし、結局、いつも通り、家の向かいの教会に行った。
黒白猫の亜子ちゃんは、よく出窓に坐って眺めていた。鐘楼の付いた丸屋根と、飛び立っては戻ってくる鳩達とを。

朝な朝な共に聞きたる鐘の音の今朝も消えゆく空の果てまで

大人猫さん その二 フェビウス『小さなパン屋さん』

白猫フェビウスは、A町での二度目の夏休みを、無事終え、再び巴里暮らしとなった。
田舎の家では、夕食後一時間程は、ロンロン時。風通しのよい廊下に安楽椅子を据え、水泳眼鏡をつけたM氏が坐る。隣の籐椅子にフェビウスが、飛び乗る。喉を鳴らしながら、軽く爪をたててM氏の腕を前足で交互に揉む。パン屋さんが、パン種を捏ねているようーーー。厚手の部屋着に守られていても、M氏は、嬉しい悲鳴をあげている。
その内、肩までのび上がってきて、鼻をM氏の顔に擦り付けようとする。水泳用眼鏡が必要な所以。一度、何かに驚いて飛び跳ねて降りた瞬間、M氏の目のすぐ近くをひっかいてしまったから。やがて、今度は、膝の上で丸くなった。まだ慣れないのか、少し居心地悪そうではあるけれどーーー。
一年半前には、想像出来なかった光景である。
寒波が厳しく、雪がよく積もった一昨年の聖誕祭の直前、トロカデロ公園の外猫が怪我をしていると、連絡を受けた。一週間程行方不明だった当時五歳の雄猫。生け垣の下に潜んでいるのを、R老嬢と協力して捉えた。獣医で打撲傷の治療は終えたが、そのまま再び放すのは、危険に思われた。しかし、既に病持ちの亜子ちゃんがいる。私は手伝えない。暮れの30日に、M氏が全面的に世話をする条件で引き取った。
最初の三ヶ月間は、高い本棚の上に昇ったまま。緊張のあまりか、ほとんど食べなくなった。近寄ると、目を見開いて、硬直してしまう。何度、公園に戻した方が、いいのではないかと、悩んだ事か。しかし、95パーセントの猫は、懐くという話を励みに見守った。
公園にいた最後の日々、何か恐ろしい目にあったのか、外に逃げようとはしない。幸い、これまでの外猫同様、とても綺麗好き。食事の世話、砂の入れ替、総てをするM氏をじっと見つめている。
ほぼ終日家に居るM氏の寝室と書斎の間の壁に開けた猫用の通路穴が、転機となった。いつのまにか。M氏の居る部屋居る部屋に来るようになった。そのうち、同じ布団の上で寝始めた。
今では、M氏の姿が見えないと、大きな身体に似合わぬ可憐な声で鳴き立てる。外出から帰ってくると、『小さなパン屋さん』となって、歓迎してくれる。
公園に居た頃は、汚れがちだった毛並みも真っ白に、「太陽」の名前の通り美しい猫と成った。

帰り来ぬ巴里はマロニエ散りそめて猫と再び籠り居のとき

野菊の帛紗

京都に帰っていた友人から、御土産と、帛紗が送られて来た。
曙色、それとも秋の夕焼け色とでもいうのだろうか。一隅がごく淡く暈してあり、そこから野菊が数本、大きく手描きで描いてある。花弁は、やや濃いめの薄紫の濃淡、緑の葉も陰影をつけてしっかり塗ってある。そこに更に沈んだ朱色で 小さな実をつけた細い草が数条添えてある。
「おばあちゃんが、一人で坐ってはる、今にも潰れるんちゃうか、というような小さなお店」で、懐紙を求め、帛紗も、買ってあげたかったけれど無いというので、一保堂さんで聞いて、寺町を少し下がった古美術茶道具商でーーー。電話で、話を聞いた時から、想像していた通りの帛紗であった。東山の見える、馴染み深いあの辺りを、自分も歩いているような気持ちになる。
江戸風の粋と異なり、はんなりというのは、上品でいながら、うっかりすると派手さと紙一重の、微妙で、不可思議な美意識だ。見ていると、のびやかに明るくなる。それでいて飽きない。
新京極の賑わいよりも、中京のしっとりした界隈が好きという、京都生まれで京都育ちの人だからこそ、選んでくれた図柄。
友人は、今、スイスに住んでいる。
秋のアルプスには、どのような花が咲くのだろうか。

いつかまた秋の嵯峨野の黄昏の空に消えゆく一ひらの雲
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桐の葉も

Author:桐の葉も
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