『亜子ちゃん』

一年前の今夜、黒白猫亜子ちゃんは天使猫となりました。
この一週間、普通に過ごそうとしても、『去年の今頃はーーー」と、思い続け、今日の来るのが、恐ろしいようでした。十七年四ヶ月の命の最後の日々。
今朝、風の来る筈のない枕元に、爽やかな空気の流れが、感じられました。透明な、少し冷たい。
ああ。亜子ちゃんが、来てくれた、と、夢うつつに思いました。
その御陰でしょうか?
一緒に暮らし始めた頃の反故の漉返しを、読んでいただく勇気がでました。

『亜子ちゃん

亜子が来てから、はや一ヵ月。この夏休みに、田舎の家の庭師が、
”親戚で子猫が生まれた。貰い手が、見つからなかったら処分してしまうそうだが。”
と、話のついでに言って帰った。
ちょうど、五月に可愛い盛りの子猫を私の不注意で死なせてしまったばかりなので、最初は、どうにも気が進まなかった。見るだけの約束で行くことにした。
大きなダンボール箱の中にちょこんと収まって、恐れる様子もなく、上から覗き込む私たちを見上げている、黒白まだら、アンゴラの混じったようなふわふわした柔らかそうな毛の塊。しかし、おかみさんに首の後ろをつままれてとりあげられた顔をみて、思わず ”なんて不器量な”と、つぶやいてしまった。
小さな先細りの逆三角形の顔、鼻の頭の黒い斑点、フランス猫らしく青灰色の瞳は、極端に寄っている。その生まれて三週間ほどの子猫をふいっと肩に乗せられ、余りの軽さに驚いているうちに、そのまま押し付けられるようにして連れて帰ることとなった。車の中で子猫は、私の髪に顔を埋め、ゴロゴロ喉を鳴らし続けていた。
亜子は、ヒーヒーとか細い声だ鳴くわりに、元気一杯。
最初は、乳離れもせず、人形用の哺乳瓶に吸い付くのが、やっとだった。この頃では、牛乳の白い紙箱を見ると跳んで来るし、飼い主に似たのか、メロンが大好物。一匙ずつすくってやると、舌を鳴らして食べてしまう。
室内用簡易物干をジャングルジム代わりに昇ったり降りたり、縫いぐるみの恐竜と格闘し、ゴム鞠で球乗もする。夜には枕元に来て、まず私の頬を両の前足で抑え、顔中丁寧に舐めてくれてから、顎の下にすっぽり収まって眠ってっしまう。時々寝ぼけているのか、前足で母猫の乳房を揉みほぐす真似をするので、爪が少し肌にささるが、まだ、余りに細く柔らかいので痛いというより、こそばゆい位だ。そして、こんなに小さな体で、これほど大きな音で喉を鳴らしても大丈夫なのか、と思うほど、またしてもゴロゴロと。
亜子と巡り会えたのも一つの縁としか、いいようがあるまい。何か祈るような気持ちで、小さな命の暖かさを感じている毎日だ。』

哀しみは哀しみのままに凝りゆきて夢消えがたの東雲の風

天使猫亜子ちゃん一歳のお誕生日、真心子と過ごしました。


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号外

『ひなたぼっこ』さんからの転載です。よろしく御願いいたします。

『10月30日(日)10時~15時

SBSマイホームセンター静岡展示場内
 センターハウス 2階会議場
(住所  静岡市駿河区桃園町1-1 )


・捨て猫や殺処分現状パネル展
・保護して幸せになった子BeforeAfterパネル展
・見て読んで知って猫本コーナー
・ねこの困り事相談も同時開催します。

当日はたくさんの猫たちと触れ合えますよ。
ぜひ、会いにおいでくださいませ』

ひなたぼっこさんのブログには、里親募集中の可愛い仔猫四匹の動画等もあります。
是非御覧になてくださいませ。
黒白猫愛ちゃんの看病をしつつ、仔猫たちのお世話をしている「ひなたぼっこ」さんのお宅です。
仔猫達によいご縁がありますように。

青鷺とラ=フォンテーヌ

「今朝は、鴨が少なかったです。」
と、M氏。「その替わり、鷺がいました。」
A町外れの運動公園の一角、緑に囲まれた小池。その岸辺の浅瀬に一所、太い木の杭が二十本ほど互い違いにうってある。何の為かは、わからない。しかし、鴨達の格好の休息所になっていた。そこに鷺がいた。近づいても逃げもせず。
「白ですか」
「いや、薄茶色、いや、灰色、いや、青っぽかったかな、ともかく白ではなかった。」
脚がとても長かったというから、青鷺の一種だろう。
「うちの庭にも、青鷺がきますよ」
と、数年前、笑っていたのは『村の発明家』L氏。我が家からさして遠くない住宅街の中なのだけれど。ある朝、窓を開けたら、青鷺が池の真ん中に悠然と立っていた。「魚を狙って来たのでしょう。高い所からでも,めざとくみつけるそうですから。あんなに小さい池なのに。」
確かに、池というより少し大きな水盤である。
青鷺は、意外と人になつくらしい。以前、飼い主が旅行中、餌を拒否して死んでしまった青鷺の話を聞いた。野鳥の専門家に預けたのに、駄目だったそうである。
「Le héron avec un long bec emmanché sur un long cou …
鷺さん、長い嘴、長い首の先———」
日本の子供達が「桃太郎」や「かちかち山」等昔話で、野山の動物達に親しむように、仏蘭西の子供達は、ラ=フォンテーヌで、狐や狼や鷺や鸛を覚えて行く。(少なくともM氏の世代は)
巴里の住まいからブーローニュの森へ抜ける公園に、ラ=フォンテーヌの銅像がある。散歩の途中だろうか、十七世紀風のかさ高な鬘を被った寓話作家は、犬を連れ、烏が肩に止まり(と、思い込んだ。)それにしても、何故、烏は、大きな円盤を嘴にくわえているのだろう。前を通る度に首を傾げていた。ある日、突然気がついた。「チーズ」。熟成させて輪切りのままのチーズ。見上げているのは、犬ではない。狐。
「Maître corbeau, sur un arbre perché,
Tenait en son bec un fromage
烏殿 樹の上に、
嘴には 一個のチーズ
しかし、彫刻家氏には申し訳ないが、未だに何度見直しても、円盤に見えてしまう。
明日の朝は、小池にいってみよう。青鷺がまだいてくれることを願ってーーー。

ゆくりかに巴里の公園眼裏(まなうら)に紅八重さくらとりどりの薔薇






晦日

月命日という美しい言葉の有る事を知ってはいたが、それについて思いを巡らすという事は無かった。亡父は、病弱な母親に育てられたためか、それでなくとも、沈鬱な所があったが、二十歳の新妻を病で失い、長い鰥生活の間、いろいろな宗教書を読んだらしい。蔵書の中にも、仏教や基督教関係の本が見られた。しかし、それは、一途な信仰には結びつかなかったようである。最晩年、受洗した際も、基督の脇腹の傷を確かめずにはいられなかった聖トマの名を、自ら選んだ。
私の極幼い頃には、御彼岸に『山寺のおっ様』が、お経をあげに来ていた。なかなか有名な禅僧だったらしい。父の書斎の鴨居には、その手になる横軸の額がかけてあった。(何と書いてあったかは、忘れた。)父は、私淑していたが,母は、批判的だったようで、いつのまにか、来なくなった。お墓参りやお盆の習慣も、家にはなかった。
父も母も、若い頃は教会に通っていたりしたらしいが、仕事や日常生活に紛れてしまったのだろう。娘を修道院付きの幼稚園に通わせながら、聖誕祭の御彌佐に、出る事も稀だった。
私自身は、偶々大学での専攻科目のため、仏教の経典を繙くようになった。それも、極めて浅い知識として。唯、これも必要上読み始めた九条兼実の日記『玉葉』には、月命日、祥月命日という言葉が散見していた。彼の息子藤原良経は、一番好きな新古今歌人。どこか幽冥の境を思わせる歌が多く、亡き兄良通と、夢の中で漢詩の応答もしている。その背景を、此の頃、やっと考えるようになった。
この年になると、人間動物ともに点鬼簿の名が、増えてくる。彼らのために、そして私自身のためにも、今は、祈る事しかできない。生き残った者の思い込みにすぎないのかもしれないし、パスカルの賭けなのかもしれないがーーー。
「祈りは人間の最も崇高な行いですよ」と、教えてくれたのは、遥かに年下の友だった。「祈る対象は、それぞれ違っていても、ね」と、穏やかな笑顔で注をつけてくれた。本人は、二十年以上前に亡くなった祖父の月命日を今も、大切しているという。
八月の亜子ちゃんの月命日は、ある若い女性の初七日と重なった。猫達を我が子と呼ぶ程の、猫好きさんだった。
 
街道の夕とどろきの絶ゆる頃虫の音ふたたび蘇りきぬ







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山鳩トーロー

「もう、出血していないよ。」と、トーローの消毒を終えたM氏。
よかった。嬉しい。
トーローは、M氏の末っ子山鳩。最初に飼ったトルトールと今は亡きトーレットの間にできた。数日前から、頭と足に怪我をしていた。本来は、雛を増やさない予定なので、産卵するたびに、取り除き、前回外しておいた卵を替わりに置いておく。いつまで暖めても孵化しない卵を抱き続ける山鳩夫妻も、やがて諦めてしまうのか、巣ごもりをやめる。しかし、しばらくたつと、懲りずまに繰り返す。そのため、何かの都合で交換を間違える事があった。トトレットが産まれ、トーローも出来た。(今は、卵に印をつけている。)
十年以上前の話である。ブーローニュの乗馬倶楽部の厩舎に山鳩の雛が、いた。馬の敷き藁の上に、坐っていた。「このままでは、馬に踏み殺されてしまう」と、親しい厩舎係の娘さんが言って来た。トルトールと、名付けられた。まだ、産毛が完全に抜け切らない程であったから、よく懐いた。一羽では、淋しかろうと、M氏がトーレットを買って来た。山鳩は、一生一夫一妻、仲がいい。古い婚礼家具には、よく飾りに彫ってある。若い雌という事であったが、どうだったのだろう。橙色の入っているような美しい鳥であったが、小柄でもの静かだった。ただ一羽、果物が好きだった。さしたる病気もなく弱っていくトーレットに、トルトールは、何時も寄り添っていた。
残された三羽の内、トルトールとトトレットは、仲がよいが、一番小さくて大人しいトーローは、いつも追い払われている。部屋もなるべく別にしている。
どこか淋しそうで、はにかみ屋ながら、人なつこいトーローは、私のお気に入り。そのトーローに怪我をさせてしまった。重い木の窓の上枠に止まっているのに気付かず、閉めてしまった。ぱっと、飛び立った。
頭の片側と、胸と、足の指の一本の先に血がでていた。
獣医に連れて行った。A町の獣医の一人は、野鳥の保護もしているらしく鳥に詳しい。羽や、足の反射運動、平衡感覚や、目の内出血の有無等を確かめて、「大丈夫」と、言ってくれた。一番心配した胸の血は、足先の血がついたものだった。消毒薬を貰った。
治療は、鳥の扱いに慣れているM氏の役目。(太い指で不器用そのものなのに、意外と丁寧に優しく扱う。)
翌朝、閉じがちの片目に出血が見えた。青くなった。親指二つ重ねた程の小さな頭。脳内出血していたらーーー。
幸い、それがひいた。円な黒い目を見開いている。
一日中でも啼き続けるトルトールと違い、トーローは、ほとんど声を出さないけれど、さきほど少し歌った。
山鳩の鳴き声を一番喜ぶのは、京都の母だろう。電話の最中に鳴き出すと、「可愛いねえ、可愛いねえ。」と、繰り返す。上村淳之画伯の展覧会にも良く行っていた。
いつか松柏美術館を訪ねてみたいと、言っていたけれど、一時近くに住んでいたにもかかわらず、連れて行きそびれてしまった。
クックルールー、クックルールー。
山鳩は、長生きだそうである。

山鳩の喉ふくらませて鳴く声にまほろば緑の山の連なり







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