薔薇のポプリ

休暇の初めに戻って来た時には、もう駄目かと、悲しくも申し訳なく思った薔薇の木に花が咲き出した。三本ある内の一本。曙色に淡い黄色が入っている。弱っていた葉を取り除き、かなり剪定した。薔薇特有のえび茶色の、よく見なければ気付かない程の芽が、枝から顔を出した。みるみる膨らんで、葉を広げ、茎を伸ばし、その先に蕾をつけた。柔らかい葉が、緑となる頃には、蕾にも花の色が現れた。そして、二,三日おきの晴天と嵐の内に、一輪、また一輪と咲いた。朝露に濡れた花は、いつみても美しい。まだ、葉も少なく、不格好だけれど生きていてくれて嬉しい。もう一本の白薔薇も、最近やっと、二、三本細い葉が伸びて来た。一番小さな鴇色も、濃い緑の葉が、茂っている。
薔薇を見る度に、何となく口ずさむ詩歌が、ある。
「薔薇の木に薔薇の花咲く、何ごとの不思議なけれど」(北原白秋)
「薔薇に故なし、唯、咲きぬ。
己(おの)が身思わず、見る目求めず」(アンゲラス=シレジウス、拙訳)
花が開き切る頃、新聞紙に花弁を広げて乾かす。ポプリを作るため。本当は、八分咲きくらい方がいいらしいのだが、つい綺麗で勿体ないので。唯干して、万年臘や月桂樹と一緒に、硝子の空き瓶に詰めておく。かなりいい加減。それでも、毎年少しずつ溜まって行く。
ある年、日本に帰省したさい、少し年上の友人から、手作りのお土産を戴いた。「お部屋の飾りにーーー」と。花柄の布にレースをかぶせて作った小さなバレーシューズ。中に、ポプリが詰めてある。姉のいない私には、たまらなく嬉しかった。丁度実家に、問題山積みの時期でもあったから。このポプリもいつか、彼女に渡す事を楽しみにしている。
それにしても、干した後、庭の薔薇の色が綺麗に保てるといいのだけれどーーー。ほとんど褐色になってしまう。特に白薔薇は、香りがよい分、変化も激しい。
今度、濃い紅の薔薇を一本、植えてみようか。

露ふふむ曙色の薔薇一輪咲くを待たずに消えし明星







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庭の薬草 (浅葱、セージ)

浅葱は、薔薇の根元から摘んでくる。一頃、山羊のチーズを買いに行った井戸池の『ピトウーの家』。美しい御内儀さんが、「一緒に召し上がってくださいね。」と、いつも浅葱を一束添えてくれた。
山羊小屋、牛小屋に向かい合い、中庭に面した家屋の壁際に沿って、沢山の薔薇の木が植えてあった。夏には、明るい陽射しを浴びて、色とりどりの花が咲き匂っていた。
日本にいた時、薔薇の花は、高貴華麗で、何処か近付き難い印象があった。家の庭には、無かった。当時は、学校や公園でもあまり見かけなかったように思う。それが、渡欧してみると、丈夫で花期も長く、種類も豊富で美しいと、大抵の家の庭や、街角の小さな公園で見かけた。もちろん手入れの行き届いた眼も覚めるような薔薇園もあるし、品種改良等の専門家もいて、奥の深い植物だけれど、庶民でも親しみやすく楽しめると知った。
『ピトウーの家』の中庭の薔薇の根元は、ほっそりとした緑の浅葱に縁取られていた。
北野佐久子さんの『香りの魔法』は、彼女の処女作らしい。初々しい語り口で薬草(ハーブ)への愛情が伝わってくる。ちょっと古風な図版も美しく、いつも手元に置いてある。その中に、浅葱は薔薇の黒点病を防ぐといわれているとあった。
今でも、浅葱を切る時。ふと若くして亡くなった、金褐色の髪を綺麗に撫で付けて後ろで結んでいた御内儀さんと、一声嘶いては鶏を従えて駆けて来た亡き雌馬ピトウーを思い出す。
セージは、何度か種を蒔いては、失敗していた。ある年、巴里郊外の友人宅に招かれた。食堂の隅に、一枝。銀色に煙る葉をつけ、やや曲がりくねっている。一尺ほど。「嵐で折れたのよ」「セージ?」「そう、持って行ってもいいわよ」
セージを観たのは初めて。これほど大きくなるとはーーー。
それから、暫くしてやっと一株、芽が出た。未だに、か細くて全体でも50センチほど。あの立派な枝をつけるようになるには、まだ相当かかるだろう。それでも、惜しみつつ二枚、三枚と、摘んでは楽しんでいる。
ところで、推理小説『修道士カドフェル』。先年教えられて数冊、一気に読んだ。十二世紀前半、英国ベネディクト派修道院の薬草園係カドフェルが、難事件を解決して行く。彼の世話する薬草に、知っている名前がでてくると、嬉しくなった。

菩提樹の梢さやぎぬ夕まぐれ嵐くるてふ西の空より







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庭の薬草 (万年臘 立麝香草)

田舎の家の台所で、毎日使うのが、薬草(ハーブ)。万年臘(ローズマリー)、セージ、立麝香草(タイム)、冬立麝香草、浅葱、セルフィーユ。
この他月桂樹は、小暗い木立となって使いおおせない。薄荷は、雑草のように殖えて困ると言った人もいるが、土が合わないのか、毎年四、五本かろうじて生き残っている。バジルは、「一朝目覚めて 全滅す」の悲劇を味わった。前日の夕方まで柔らかな翠の葉が、重なり合っていたのに。見事に消えていた。鳥かと思ったが、虫だという。
というわけで、 毎年田舎の家に戻ってくると、 相性のよい薬草だけが、 冬の間のご無沙汰にも関わらず、 青々と茂って迎えてくれる。
特に万年臘は、年々歳々、繁殖して行く。十数年前、スペインとの国境近くコルビエール山地の小村を訪れた。A町周辺の穏やかな自然に慣れていたので、照りつける太陽、一点のかげりも無い紺碧の空、乾いて白い岩肌等に驚いた。植物好きの奥さんと、ペッチと村人の呼ぶ低い山並みを散歩した。その折採って来た野生のラヴェンダーや立麝香草は、つかなかったが、奥さんが自分の庭から切り取ってくれた万年臘は、挿し木にした五本の内三本がついた。斜め横に枝が伸びて、ややお行儀が悪いが、その勢いは気持ちよい。ごく若いうちを過ぎると、すぐに深い緑に固くなる細く短い松葉状の葉。野性的な香。薄青紫の可憐な花が咲く。
冬立麝香草は、割合簡単に種からできた。極細の茎に小さな丸い葉がびっしりついて、地に広がる。レースのよう。癖のない香で、何にでもあう。
立麝香草は、隣家のG氏の御形見。板金工場を退職してから、農家出身のG氏は、本職に負けない見事な菜園を、数カ所作っていた。
黒猫美実ちゃんを庭で見かけ、近所にその素性を尋ね回っていた時、G氏の菜園の脇の町内会館の床下に仔猫と住んでいると教えてくれた。氏も牛乳等あげていたという。御陰で、トマトや莢隠元の間を通らせてもらい、毎日餌を運ぶ事ができた。夏の終わり、美実ちゃん大捕り物の時も、敷布を構える私に、G氏が力を貸してくれた。
G氏は、小柄で小太り。 鍬やシャベルを担ぎ、パイプを口に。片方の肩が極端に下がっているため、いつも首をかたむけ、 軽く足をひきずりながら、ゆっくり歩く。その側を、黒いスパニエル犬エルザが、同じようにゆっくり歩いて行く。毎朝毎夕、見慣れた後ろ姿。
エルザが急死してすぐに、G氏は、体調を壊した。「だって、本当に、本当に、可愛がっていたんですもの」 G夫人がおしゃべりな分だけ無口な氏は、 ほとんど感情を表さなかった。常にちょっと恥ずかしそうに笑っているだけだった。手遅れの業病だった。
G氏の死後、菜園は、ただの原っぱとなった。塀際に生えていた立麝香草の一株を分けてもらった。

夕立の 雫散りけり 万年臘







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珈琲館『邪宗門』

庭の菩提樹の傘のように枝垂れた梢越しに揺らめく陽射しを眺める田舎の家の台所でも、隣の建物に区切られた小さな四角い空を見上げる巴里の台所でも、毎朝、珈琲を入れる。ドリップ式。以前は器械を使っていた。二代目が壊れてから、仮のつもりで手でいれていたのが、いつの間にか定着した。
父が外遊から帰って来てからだろうか。両親は、毎朝、珈琲をいれて飲んでいた。益子焼の大きなマグカップ、本来は麦酒用であったのかもしれない。父用と母用と色合いがはっきり異なっていた。どう違っていたのか、今では思い出せない。そろって陶器好きであったから、多分それぞれ選んだものだろう。
それを湯煎にかけながら、珈琲用のネル袋に入れた粉に、沸騰させたままの薬缶から湯を少し注ぐ。一回注ぐごとに 小さな木の焼き板で、蓋をする。香りが逃げないために。最初の泡が大事。後は、その泡が最後まで消えないように、いれて行く。
実験系の研究者であった父は、生来の不器用を補うべく、万事に丁寧であった。普段は母がいれていたが、たまに父がいれると美味しいと、彼女も認めていた。
子供の頃、珈琲は大人の飲み物であった。初めて珈琲を飲む事を許されたのは、避寒に行った伊豆S市の珈琲館。薄暗く狭い店内に古い時計や椅子卓やらが置いてあり,珈琲の香りが漂っていた(ような気がする)。何処か一時代前を思わせる骨董品屋風の装飾。『邪宗門』という店名が、記憶に残り、後に芥川龍之介の同名の小説を見つけて嬉しかった。彼にしては、異例の長編小説。王朝物語めいた内容も、未完で終わっているのも、神秘的。しかし、あの店名の由来とは、思えなかった。北原白秋の『邪宗門』だろうと思いつつ、読む機会も無いまま過ぎた。先年、ふとした縁で譲られた本の中に、この詩集があった。小さな挿絵入り。併し、詩人の若書きは、 私自身も若い頃に読んでおけばよかったのかもしれない。華麗な修辞に、ひるんでしまった。
京都に移ってからも、母は珈琲を入れ続けた。 自分自身のために。子供のために。訪れてくる『客人』のために。
台北と日本を往復しながら、仕事をするようになった 父は、どうしたろう。向こうでは多分、一緒に暮らした人々同様中国式朝食となったろう。日本で独居の時は?恐らく即席であったろう。父は、一人で生活を楽しめる方ではなかった。
二人とも、もう珈琲を飲む事は、ない。父は逝き、八十歳を超えた母は、介護士さんの煎れてくれた紅茶を飲んでいる。

ゆるやかに 日は暮れつつも 夏の雲


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