「小さな動物」

彼岸も過ぎ、日の暮れが早くなった。二階で、孫猫真心子を側に机に向かっていても、いつの間にか外は暗くなっている。そろそろ戸締まりをしなければ、と思いつつ再び本に眼を戻してしまった。
携帯電話が鳴った.階下のM氏である。丁度興が乗って来ていたところなので、ちょっと不機嫌な声になる。多分、催促だろう。
「小さな動物が来ていました。針鼠です。」
「すぐ降ります」
途端に、上機嫌となる。
いつごろからか、朝になると、庭の隅に置いてあるゴミ袋の下の方が破れて、中身が散乱しているようになった。
「夜行性ですね。」
「塀で囲ってあるから、犬はありえないし」
「猫でしょうか。」
「しかし、今年は殆ど猫を庭にみかけませんでしたよ。」
「狐というのもーーー」
「もぐら。」
「八十四年生きていますが、もぐらを見た事はありません。」と、M氏。
「針ねずみかもしれませんよ。」
「ウーディみたいにーーー。」
もう十数年まえ、真昼間に道端でぼんやりしている針鼠を拾った。暫く庭に置いておいて、菜園の害虫除けになるから欲しいという知人にあげた。「ウーディー」と名付けた小さな瞳の、全く慣れないのに可愛い動物の事は、以前書いた事がある。
階段の下でM氏が待っていた。台所の鎧戸を閉めようとして外を見たら、二段ある石段の側にいたという。
勿論、もういなかった。ゴミ袋を置いてある貝塚伊吹の陰にでも入ってしまったのだろうか?
「私達が巴里に帰っても、食べ物が見つかるといいのですがーーー。」
月明かりもほとんどない薄暗い庭を私達は暫く眺めていた。落葉の積もったこの庭のどこかに、悪戯好きで疑い深そうな小さな丸い眼の不思議な動物が生きている、それを思うだけでも、心が温まった。

時雨めく音に目覚める猫の伸び


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幸せになったルードウードウー

例によってRとLの発音の違いは難しい。これは、ROUDOUDOU。
A町外れのプールの常連に、いつも一緒にくる中年の一組がいる。背が高く痩せぎすの男性と、小柄で丸顔の女性。いつの間にか挨拶を交わすようになった。巴里サン=ジェルマン地区にそれぞれ画廊を持ち、A町近隣の村に休暇を過ごす家があるという。
親しく話すようになったのは、時々白いマルチーズ風の犬と白黒斑の兎を連れて来ていたからで。犬はトト、兎は勿論アリス。
今年再会して開口一番、二匹の消息を尋ねた。
「アリスは、元気だけれど、トトは旅立ったの。老衰で。また新しい犬が、いるわ。トトと一緒で、動物愛護協会から来たの。」
それが、ルードウードウー。
何と言ったらいいのだろう。『ぶさ可愛い』の典型。少し大きめの小型犬。尖った小さな顔に、大きな細い三角形の耳がぴんとたち、黒く円な瞳は出目気味。薄茶色の短毛はごわごわと固いのに、よく抜けるそうである。身体の割に細く短い、がに又の脚。十一歳のお爺さん犬。ほとんど吠えず、アリスとも大の仲良し。
「この間は、関節痛で痛がって大変だったの。今日みたいに、お天気で暖かいと、調子がいいのよ。」
プール脇の桐の並木に繋がる草地を、歩いている。ひょこりん、ひょこり と。
———ああ、やはり年なのですね、と、口にでかけた時、
「ね、可愛いでしょう。踊っているみたい。」
尾を巻き上げた後ろ姿を見守りながら、婦人は、目を細めて言った。
少しでも滑稽とか剽軽とか、思った自分が恥ずかしかった。
一回りするとルードウードウーは、自分から車の助手席に乗った。軽やかにとはいえないが、前足を掛け、一生懸命跳び乗った。後ろの席には、ルードウードウー用の布製の寝床が用意してあるが、其処には、余り行きたがらないという。
「いつも、側にいたがるの。もう一度捨てられるのが、恐いらしいわ。」
「何年、愛護協会にいたのですか。」
「六年。」
「———。」
「誰にも貰われずに命を終る犬達も、沢山いるのよ。」
柔らかな座布団にすがりつくようにして目をほそめているルードウードウーの小さな腹を、秋の陽射しが暖めている。

秋晴るる森の木陰をゆくままに空の彼方へ行き過ぎの事


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自転車

『練兵場(シャン=ド=マルス)』を、通り抜けようとして、澄んだ高い声で呼びとめられた。
眩しい秋の陽射しを浴びて、ベンチから日除眼鏡をかけた小太りの婦人が立ち上がった。赤いカーデガンがよく似合う、いつもお洒落な情報通のG夫人。隣に坐っていた白茶の犬を連れた婦人は、隣人だろう。
自転車を停める。
「上手に乗れるようになって、よかった。よかった。」
後ろから歩いて来たM氏にも、
「調子良くこいでいるわね。これなら大丈夫。」
G夫人に褒められるとは,光栄の至り。何しろ85歳で現役の自転車乗りである。
「さっきも、此所を通るのを見ていたけれど、何処かに行くみたいだったから、呼ばなかったの。N川の散歩道に行ってきたの。」
9月の初めに自転車を買った。もう二三年前から、欲しかった。M氏や車の具合の悪い時に、独りでも行けるようにと。しかし、小学校の低学年、三輪車からコロ付きの二輪車に移ったところで母から禁止されて以来、自転車には乗っていない。もともと運動神経の鈍い私の事、町はずれのプールまで、果たして辿り着けるか、どうか。ここ数日、『練兵場』をぐるぐる廻って練習していた。乗馬用の帽子を被ってーーー。
今日は、初めての遠出である。N川沿いの散歩道は、自動車や自動二輪が禁止され、運動公園の裏口に通じている。 車道から散歩道へ通じる家屋に挟まれた狭い急な坂道を、少年時代、M氏と幼馴染みのM医師達は、自転車で滑走したそうだ。「そのままペダルをこがずに、川にかかる三本の橋を渡る競争でした。」勿論、私は、自転車を引いて降りて行った。
久しぶりの上天気、何故か子供時代を思い出させる朗らかに明るい蒼空、白雲、散歩道の片側の川の流れに目をやる余裕はないが、反対側に広がる休耕地は、柔らかな緑の草に覆われている。白い夏蝶が舞っていた。地平線を限る木立も、まだ黒ずんで見える程。しかし、白茶色の道には、ところどころ枯れ葉が溜まり、一所にはどんぶりの実が、故意に蒔いたように落ちていた。
ゆっくり歩くM氏と落合い、戻って来る頃には、少し汗ばむくらいだった。
『練兵場』から、G夫人と一緒に帰路につく。
「丁度いい高さね。これ子供用でしょう、それでいいのよ。よかった、よかった。」
何度も繰り返す夫人と別れて、家に入ってからM氏が、呟いた。
「それにしてもーーー。」
私達が、N川散歩道を往復している一時間以上、G夫人は、ずっとベンチでおしゃべりをしていたことになる。

玲瓏と光散らして秋の蝶


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L氏の菜園

「主人がいた頃とは、比べ物にならないのよ。」
L夫人は、何度も繰り返した。皇后ユージェーヌにも負けないまろやかななで肩が、すっかり陽に焼けている。
「息子と二人で、何とかやってみてはいるのだけれどーーー。」
L氏は、夫人に『庭』を触らせなかったから、と聞いて意外に思った。いつも色とりどりの草花や、薔薇を初め大小の花木の世話をしている夫人を見慣れていたから。『庭』とは、L氏が自分で作り上げた家の裏側の菜園を指すと説明されて、納得した。そういえば、車庫を改造したL氏の作業場を訪れると、その横に、白いアーチで区切られた菜園が広がり、トマトの赤やかぼちゃの橙色が、濃い緑の間に鮮やかだった。
朝市にも行った事がないというほど、L家の食卓は、『庭』の野菜で賑わっていたのだろう。
昨年の夏、L氏夫妻を揃って御茶に招待した。家の内外の仕事、特に鉄柵、鍵、扉、冷房等総てでお世話になっているL氏には、一夏に何度も来て頂いていたが、夫人ははじめてだった。頑健だったL氏は、やせ細り、どこか不健全に黒ずんだ顔色だったが、丈夫そうな白い歯を見せてよく笑い、時には政治談義に力を籠めていた。
今年の一月に亡くなった。癌は膵臓も冒していたらしい。本人は、治ったと告げられていたが、予め知らされていた夫人は、術後の一年七ヶ月をどんな想いですごしたのだろう。十八歳で知り合って五十七年間。
「今時、お二人のように愛し合えるのは、稀な幸せですよ。」
「そうかしら、本当に年をとればとる程、だったの」
亡くなった直後、巴里まで知らせてくれた夫人は電話口で、涙声だった。
自宅の寝台で夫人の手を握りながら息をひきとったそうだ。
「少しでも一人になりたがらなくてーーー」
力持ちで、明るく活発で、頭の回転も速かったL氏。小柄で大人しい夫人を残す事も気がかりだったろう。
今年は、夫人独りを招待した。昨年同様、甘めの白葡萄酒と手作りのお菓子で。
「猫、御覧になります。」
「あら、勿論」
夫妻は、大の猫好き。
こういう時、人見知りの激しいフェビウスは役に立たない。二階から、孫猫真心子を肩に乗せて降りる。ニャーニャー、可憐な声で鳴く灰色のもこもこした大きな塊を見ると、L夫人は歓声をあげた。誘われ猫第一候補の真心子は、すぐに夫人の腕に抱かれた。
「うちの子と、よく似ているわ、柔らかくて、毛が少し長くて。丸々しているのね」
L氏の傑作の一つ、木枠のかわりに金属製の格子戸の硝子の向こうで、菩提樹の梢を透かした午後の陽射しが、絶え間なく揺れている。

まだ青き榛の実を葉隠れに数える夜来の雨はれし朝


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本好き

「あの子と、また話しましたよ。自分から隣に来て、話始めたのです。別に、呼ばなかったのに。」
八十四歳、熊のように大柄なM氏と、十歳の小柄な男の子が並んでいる姿は、思い浮かべても微笑ましい。
私が泳いでいる間、M氏は、池の回りを散歩して鴨の数を数えたり、木陰で本を読んだりしてから、プールの受付に備えてある椅子で待っている事がある。A君は、夏休み後半、ほぼ毎日のようにお祖母さんの赤い車で、やって来る。ほっそりと浅黒く面長で、少し窪んだ大きな目が印象的だ。よく似た、鶴のように痩せたお祖母さんは、ゆっくり平泳ぎをするが、A君は、寧ろ水球や投げ輪の方が好きらしい。お祖母さんも相手をしてくれるが、独りで、時にはたまたま一緒になった同年代の子供達とも、遊んでいる。もう三年程まえから、見掛けている。
最初は、個別の着替え室での会話が聞こえてきて、気付いた。いつもにこやかなお祖母さんが、「そっちの腕を出してーーー」とか、いいながら着せていた。その間中、『マミド−(優しいおばあちゃん)』と、呼んでは、いろいろ尋ねたり、歌を歌ったりしている。随分好奇心旺盛な子供と、おもしろかった。
お祖母さんも、一つ一つ丁寧に答えていると思ったら、元小学校の先生。教育関係者同士で、いつのまにかM氏とも言葉を交わすようになっていた。
甘いだけでなく厳しいらしい。去年は、「マミドーが、毎日宿題を見て、また書き取りもさせるんだ。」と、A君がこぼしていた。毎朝、菩提樹の下で、母親に書き取りをさせられたM氏は、同情しつつも、「一昔前のいい教育法です。基礎がしっかりできるから。」と、お祖母さんの肩を持った。確かに、中学校卒業者の文盲率が20パーセントという、教育崩壊時代にあっては、A 君は、幸せな例だろう。
今年は、「本を読むのが大好だといっていましたよ。」と、M氏も嬉しそうだ。
———「何読んでいるの、ジュール=ヴェルヌ」(子供時代、M氏のお気に入りの作家だった。)
———「違う、ギリシア神話。」
「よく覚えていて、説明してくれました。鍛冶屋の神様、とか、大地の女神とか」と、M氏も感心していた。
外国語は、独逸語を取りたかったけれど、英語を勧められたので、従った。
「でも、その後で独逸語もすると言っていました。」
と、これも中学高校と独逸語を選んだM氏には、嬉しいらしい。
夏休みは、先週で終わり。
来夏、また赤い車の二人に会えるといい。

月桂樹木立透かせば秋の空


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Author:桐の葉も
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