プリムラ

立春の後も、相変らず氷雨の続く毎日。薄暗い空、湿っぽい風に、ややもすると気持ちも沈みがちになってしまう。
せめてレースのカーテンを真っ白にしたら、少ない陽射しも明るく感じられるかと、また降り出した小雨の中、洗濯屋にいった。
その途上の道端に雑多な品が、無造作に積んであった。机や椅子、バケツに混じって緑のプラスチック製の容器には、花盛りのプリムラが四株程.濃いピンク、赤、黄色、紅に象牙色の斑入り。 陰鬱な午後の住宅街、そこだけ、鮮やかな色に華やいでいる。蕾も、たくさん付けている。
引っ越しだろうか、それとも不要品整理だろうか。
思わず立ち止まって眺めていたところ、人夫らしい人が、板きれを抱えて建物から出て来た。花を指差すと、何もいわないうちに「持っていけ。持っていけ。」
随分前になる。郊外の友人宅で御茶をするというので、手伝いに行った。主な客は、彼女の先輩にあたる初老の女性。若い時からの付き合いの二人には、その数年前、五十を過ぎてまもなく自殺した共通の友人がいた。日本女性だった。女主には、姉のような、客には同じ屋根で暮らした妹のような親友だった。
悲劇に終った友情を偲んでか、亡き人の祥月命日のある早春の午後を一緒にすごすことになっていた。巴里からかなり離れた村に住む客は、やってくるなり、プリムラの花束をさしだした。にこにこ笑っている。
「森の中で見つけたの。これが咲くと春の訪れね」
男勝りにも見える彼女の丸い手に握られた花束。何色だったかも覚えていないが、花屋でみかける花に劣らず、美しく愛らしかったように覚えている。
ちょうど、今頃だったはずだ。今年も、森陰に野生のプリムラがさいているのだろうか。
貰って来たプリムラは、勿論園芸種。浴室の窓際に置いた。
夜になって、また突風が吹きあれ、雨音も聞こえて来た。しかし、家の中に、明るい色の花があるというだけで、何やら朗らかな気持ちになる。
花を飾ればすぐに横に並んで澄ましていた天使猫亜子ちゃんと違い、孫猫真心子は全く関心ないらしい。

森陰に春の陽射しを待つ小鳥野辺の兎も眠れる栗鼠も


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庭の洋梨

今年は、庭の洋梨が豊作だった。一メートルにも満たない小さな古木は、もう七十歳程のはずである。それが、二十一個の実をつけた。
先月、まだ小さく固い青い実を五つもいだ。多すぎると木が、弱るから。食卓のヴァロリス焼きの深鉢に、黄色い林檎や檸檬、翡翠色の青梅の実と一緒に盛った。南仏の明るい陽射しがそのまま焼き付いているような黄土色の器に、大小丸い果物の緑と黄色が、よく映っている。
こちらに来ていつのまにか、果物を彩りよく飾っておくようになった。ちょうどセザンヌの絵のように。
洋梨は、もいでから熟れるのを待つものと、教えてくれたのは、仏蘭西人の友人だ。生粋の巴里人を誇るわりには、田舎の生活をよく知っているのは、六歳まで郊外で大好きな祖母に育てられたからだろう。
家の前に椅子を出し、お互い孫達を遊ばせながら、御喋りしつつ一刻も手を休めないで編み物をするお祖母さんたち。絞り立ての牛乳を沸かす時にできる皮膜、畑で熟れた苺やトマトの色と香りと味。
祖父母に育てられた人には、どこか柔らかな暖かさが感じられるのは、何故だろう。多少気難しくて神経質でも、心の底から優しい。
その人が、病気となった。何もしてあげられないので、祈るだけだ。以前敬虔な新教徒である小塩節が幼い息子が病気になり、余り辛くて祈れなくなりそうになった時もあると、書いていた。天使猫亜子ちゃんの病いの間も、くじけそうになった。それでも祈る、何かに。
「祈りは、人間の最も崇高な行為の一つですよ。」と、教えてくれたのも、祖父母と一緒にいた知人だった。
つれなくされても、撫でさせてくれることさえ稀でも、友人は亜子の放射線治療代も、最後の御見送りの費用も出してくれた程可愛がっていた。だから、一層天使猫亜子ちゃんにも祈る。
五つの洋梨は、淡い黄色となり、本の一口だけれど、芳醇な味と香りを楽しむ事ができた。残りの実も、もいだ。三つだけ、小鳥さん達に残して。
御見舞いに持って行く頃には、熟れてくれるだろうか。

菩提樹の梢は高く夕焼けの空の外より一陣の風


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リラの剪定

庭木との約束は、薔薇とだけ交わしたわけではない。紫はしどい(リラ)の木ともした。
田舎の家の東南の角は、リラの木立、というより、密林となっている。南を貝塚伊吹の生け垣に、東を塀に遮られ、勢い上方と北側に枝を延ばさざるを得ない。リラの枝は柔軟性があるのか、古木達の苔むし太い歪曲した枝が、縦横に絡み合い、どれがどの株に属しているのかも、よくわからない。繁殖力も旺盛らしく、その間を縫って、若木達が次々と陣取りのように隙間を埋めて行く。更に、蔦が地面を覆い、小鳥が落とした青木や月桂樹の実生が、毎年増えてしまう。
美しく香りのよいリラの花は、大好きなのでついそのままにしてしまっていた。
数年前から手をつけなければ、と思っていた。
一度ペイザジスト(景観家?)に、来てもらった。「あっ、こりゃ全部切っちまった方が、いいな。まあ、せいぜい一、二本、残してもいいけれど。」小柄な痩せた中年男が甲高い声で言った。多分、正しいのだろうけれど、その言い方が、どうもーーー。如何にも事務的で、面倒くさそうだった。「ペイザジスト」呼び名も、ちょっとーーー。昔ながらの庭師、ジャルディニエの方が、いい。植物と相談しながら、彼らをよりよく活かす為に手を入れてくれる、ような気がする。
先月、下草刈を手伝ってくれたV夫人が、「あら、此所から切った方がいいわよ。ちょうど、こんな綺麗な枝も伸びているし。若返るわよ。」と、教えてくれた先が枯れた大枝。「切ってあげるわね。」と、幹の苔むした古木に約束した。
意を決して、庭木用の鋸を出す。電動ではない。
ぎこぎこ、しゅっしゅ。少しずつ引いて行く。リラの木がこんなに固いとは、初めて知った。貝塚伊吹や青木の比ではない。少しずつ、少しずつ。ぎこぎこ、しゅっしゅ。24分かかって、直径七センチ、二メートル弱の大枝が、落ちた。緻密な芯が、赤紫色になっている。此所から、花の美しい紫色で出るのだろうか?よくわからない。植物は、本当に不思議だから。
これを手始めに、やっとリラの剪定にとりかかっている。

森鳩の羽音も高し夏去りぬ


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薔薇との約束

八月も終わりに近づいて来た今日此の頃、一年にそう何度もないのでは、と、思う程、気持ちよい日がある。陽射しは、明るく輝いているけれど、暑くはない。空気は、春の湿った物憂さとも違って、軽く爽やか。二間続きの二階の部屋の窓は、どちらも小さいけれど、網戸にしておくと、風がさらりと通り抜けて行く。
昼食後の一時。孫猫真心子を側に、本を繙く。お行儀の悪いのは承知で、寝台に横になる。真心子は、柔らかな前足で私の膝を押さえている。
ディッケンズ特有の繰り返しの多い文体が、気になり、最初はなかなか好きになれなかった『二都物語』。佳境に入ってからは、謎解きのようで面白い。
このまま読みふけっていたいけれど、何か忘れている。
薔薇との約束。
今朝、水まきの時、根元が少し浮き上がっているのに気付いた。土は、買ってあるから、埋めてあげるわね、と声をかけておいた。
五本ある薔薇は、どれも葉付きが少なく、ほっそりしている。花も少しづつまれにつけるくらいだ。
一年の大半、巴里に居る間は放ってあるのだから、寧ろ、それでも毎年健気に咲いてくれて、有り難い。夏の間だけでも、思い切り甘やかしてあげないとーーー。今年は、思いがけず珊瑚色の古株が、一度に三輪咲いてくれた。これはおばあちゃん薔薇と呼んでいる。もう一本の、これも古い白薔薇は、おじいちゃん薔薇。高砂の尉と姥。ミニ薔薇は、何度も枯れそうになりながら、鴇色の小さな花をつけてくれた。新入りの蔓薔薇は、咲いたかと思うと、散り始めてしまうが、目に鮮やかな濃い赤。反対に暈しは、最初、象牙色だが、日に日に紅が縁から内側へ広がっていく。やがて、色が薄くなっても、香りはよい。
薔薇夫々にも個性があるらしい。
真心子の足をそうっとはずして、起きる事にした。
花達との約束を破る訳には、いかないから。

夏蝶の輪舞やがて空に消え


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深く掘る

気になっていた椿を、やっと植える事ができた。この冬、花屋さんから安く譲り受けた鉢植え。庭に降ろそうと巴里から田舎の家まで、持って来た。しかし、例年にない七月の猛暑で、今になってしまった。ここ数日、過ごしやすい日が続いている。陽射しは明るいが、強すぎはしない。今日も、羊雲がゆったりと青空を流れて行く。小学生の頃の水彩絵の具の色を思い出させる朗らかな青だ。
夕方から、準備する。先日買ってあった紫陽花用の土の説明書きを、珍しく丁寧によんでいたら、「紫陽花の他、西洋躑躅、牡丹、椿にも適用」とあった。知らなかった。それなら、と、紫陽花用の肥料の箱の裏側も読んでみる。やはり『西洋躑躅、牡丹、椿にも適用』。そういえば、昔、理系出身の知人が、用土肥料等も、配合物を調べて、ベランダ栽培ながら、見事に花や香草を育てていた。生き物相手の不思議さだろう。
裏庭の洋梨から少し離れた位置に定める。鍬を振り上げては、掘り起こす。深く深く、掘って行きたい。
『夢見つつ深く植えよ』。亜米利加の女流詩人メイ=サートンの作品は、読んだ事がない。『ミセス=スチーブンスは人魚の歌を聴く』と同様、この印象的な題の随筆集は、毎日新聞『本と出会う』の欄で知っているだけだ。早とちりということはあるかもしれないが、川本三郎氏の紹介文には、惹かれるものを感じた。日常の静謐と秩序を愛し、庭仕事に喜びを見いだし、老いを受け入れる詩人。(尤も、ウッドチャックを追い払うのに、猟銃は驚いた。まさか撃ちはしないのだろう。そう願う。)いつか。ゆっくり時間をかけて、読む事ができる日を楽しみにしつつーーー。
穴は、かなり深くなった。 途中、随分いろいろな根が,絡まってはびこっていたので、時間がかかった。注意書きの通りに植えて、じょうろでたっぷり水をかける。少し貝塚伊吹も剪定もしたいが、今日はやめておこう。
詩人の「猫という物静かな同居人」と違って、階下にいても走り回る音の聞こえる孫猫真心子ちゃんが、待っているだろうから。

安らへと夏の三日月色淡し


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