もぐらー『浜田広介童話集』

 子供がいないのだから、孫ができる筈もないが、もし身近に小さな子供がいたら読み聞かせたい本の一つが、『浜田広介童話集』。 物心ついた頃から、丈夫な箱入りの、かなり大きな本が揃っていた。箱は、淡い色合いで、それぞれ少しずつ違っていた。 長い間とってあったのだが、実家の引っ越しの折りになくなってしまったらしい。 残念。
 大きな活字で、読みやすかった。色付きの扉絵も、簡略な挿絵もよかった。この全集のおかげで、日本昔話や世界昔話、グリムやアンデルセンの童話も、ほぼ理想的な形で読む事ができた と思う。
 創作童話では、有名な『泣いた赤鬼』等よりも、 動物達と植物の話が、 印象に残っている。筋というよりも、その雰囲気。
 田舎の家の庭に、時々丸い土の塊ができている事がある。何かと思ったら、もぐらだという。
嬉しかった 。一度も会った事は無い筈なのに 何故か、昔から知っているような気がした。ある日、ひょいっと、土の中から、外をのぞいてくれるようなーーー。顔まで思い浮かぶ。その顔が、ひろすけ童話集の挿絵のもぐらであると、気がついた。
 つい先日も、夜、梟が鳴いた。不気味と思う人もいるかもしれないが、猫の亜子ちゃんを抱いて、寧ろ楽しく聞いていた。
 それほど自然に恵まれた子供時代を過ごしたわけではない。『ひろすけ童話』の世界が、今、田舎の生活になじむ基となってくれたのだろう。

 たんぽぽやすみれは春のどんぐりやくるみは秋の野山のなかま

美しい城

 降りず降らずみ、時には薄ら陽のさす日曜日の午後、ソーローニュへ向かった。ある城を見たくなったから。
 今回は、周辺部を辿らず、内部に進む。
 道の両脇は、針葉樹林。赤松や杉の梢が、曇り空を指している。疎林では、植えたばかりの若木の緑が、辺りの沈んだ色合いに映えている。
 ヒースは、盛りを過ぎ、淡紫からさらに薄い褐色。花叢が重なり合い、波のようにうねりながら、林の奥へ奥へと続いている。
 雑木林の中、脱皮を終えた白樺の幹は、遠目にも白い。夥しい羊歯は、渋い黄色。思いがけず、蔦が既に赤く染まっていた。
 針葉樹林と雑木林とを繰り返し、小村を越えると、道に沿った木立の切れ目の奥に、 忽然、目指す城が現れた。
 美しい。
 車から降り、木陰の流れに掛かった小さな橋を渡った。白い塗料の幾分色あせた鉄柵の門が、固くしまっている。門の内には、更に城を巡る幅広い掘がある。暗い色の水を湛えている。もう一度、白い鉄柵があり、門には太い鎖が絡まっている。
 城は、赤煉瓦作り粘岩板葺き。ルイ十三世風。左右対称。両翼の先に四角い塔が付いている。向かって左の翼の一部が柱廊となっている。整然と並んだ四角い窓の鎧戸は、皆閉じてある。やや閉まりの悪い戸もあるようだ。急勾配の高い屋根の一部には、苔が生えている。
古さびつつ端正な、気持ちのいい城である。
 十五世紀に基礎が置かれ、十六世紀にルネッサンスの影響を受け、十七世紀に現在の形となってからは、修復こそ施すものの、ほとんど改築を加えずに維持してきたらしい。日本で言えば、江戸時代初期の姿を留めている。
 第一次大戦前夜、一人の若者が城主夫人に会いに来た。巴里に遊んでいた放蕩息子。出征命令を受け、母親に別れを告げに来たのである。この話は、当時城の門番をしていた男が、A村に引退しM氏の両親に語ったそうである。
 他にも多く人の世の浮沈を、観て来たのであろうが、城は黙して語らない。
 毅然と立っている。
 実は、写真機を携えていたのだが、途中ヒースの花の野を写して、電池が切れてしまった。これは、これで、良かったのかもしれない。

 水鳥の発つ音さえもつかのまに後はしじまの森のたそがれ

 亜子ちゃんの一言
「お城のお堀にいた二羽の鴨さん、狩人の鉄砲に撃たれないで下さいね」

白い茸

 C薬剤師夫人に、茸を見せた。分厚い本を二冊抱えて来た。細かい書き込みがしてある。夫人は、傘をこすったり、軸を縦に割ったり、匂いをかいだりしている。
 フランスでは、町村の大きさによって薬局の数が決まっている。A町は、三軒。『市の広場』に一軒、僧院長通りに一軒、そして町外れの大型店舗に付属して一軒。それぞれに顧客が付いている。
 僧院長通りの薬局は、M氏の子供の時から。前を通って、硝子戸越しに指で口に何か放り込む真似をすると、薬剤師ランゲ氏が出てきて飴をくれたそうである。
 現在は、C=V薬局となっている。C夫人とは、渡仏以来、20年以上の付き合い。濃い褐色の巻毛にリボンを結び、初々しかった彼女も、子供が大学に行く年となった。髪は半白で短く、眼鏡をかけるようになったが、相変わらずほっそりとして、口尻をきゅっと上げて笑う。数年前からの共同経営者V夫人は、大柄でふっくら、淡い栗色の巻毛、大きな目がくるくる廻る。高く歌うような声で、店の裏にいてもすぐわかる。
 女性ばかりの三人の店員も、皆穏やかで優しい。黒白猫亜子ちゃんに関する注文にも快く応じてくれる。この雰囲気が好きで来る御客も多いのではないだろうか。
 但し、C夫人でないとできない仕事もある。
 茸の鑑定。
数年前から、庭に茸が生えるようになった。
 昨年、持って行った茶色の大きな茸は、「死なないけれど、食べられない。」
 今年、最初に傘を開いた茸は、「既に、虫食い」。
 二本目は、真っ白で傘もしまっていたが、C夫人は、お休み。
" Ce champignon, il est joli, n'est-ce pas?"
" Ah, oui, mais, il pourrait vous faire mourir joliment."
「綺麗でしょう、この茸。 」
「そうですね、でも、食べたら、ものの見事に、死んでしまうかもしれませんよ。 」
 V夫人は、大きな目をくるくる廻しながら、笑った。

 鑑定を終えたC夫人。「大丈夫。食べられますよ。」
 「雪の玉』という別名の通り、美しい茸である。

 おにわのきのこ

おにわにきのこが、生えました
白いあたまの、きのこです
おちばに埋もれて、生えました

白いきのこを、どうしましょう
犬さん、お鼻で こんにちは
ねこさん、びっくり、見ています

お庭のきのこが、開いたら
ちょうど雨が、お空から
「小さな虫さん、よっといで
私の下にかくれてね」
 
おにわのきのこが、また一つ
きのこの友だち、また一つ
秋もだんだんふかまって
犬さん、ねこさん、ねています 

キルトを穿いた公証人

 いつも全粒パンを買うのは、僧院長通りのF屋。A町で唯一の本屋の隣り。
 本屋の硝子窓には、手描きで当町近辺に関する新聞記事の抜粋が貼ってある。『82歳親睦昼食会』『一軒家、襲われる』『巨大河魚』等等。それを、眺めてから、可愛い骨董屋風のF屋に入る。今時珍しい箱形の振り子時計が壁にかかっている。様々な雑穀パンや、胡桃、干無花果入り等種類も豊富。色取り取りの綺麗なお菓子は、見ているだけでも楽しい。
「今度、店を閉めるそうですよ。」
 隣家のG夫人が、教えてくれた。商売繁盛で、思ったよりも早く引退、10月から、新しい店主が店を開くとの由。フランスのパン屋の大半は、厨房で店主自ら職人を指導し、商品を作っている。その為、バゲットを初めパンの味も微妙に違う。お菓子の種類や飾り付けも異なっている。店主がかわれば、当然総て変わってくる。
 パン屋が変わるのも事件であるが、公証人が変わるのは、更に大事件。
 長年お世話になっていたB公証人が、引退した。
 八月、夫人の「A町歴史談話会」の後には、「また、何時でもご相談にのりますよ。」と、握手をしてくれたのに。突然、倒れたという。秘書さんの話。「思ったよりも軽症でしたが、仕事は総て、同じ事務所の某氏に委譲することになりました。」
 フランス革命時には既に公証人であった祖先の肖像画を壁に飾り、人体彫刻を施した光沢ある十五世紀の大机を前にしていたB氏。血色のよい丸顔で、首を少し突き出して話す癖のある彼は、風笛楽団長を勤めたり、なかなか芸術家肌でもあった。書類を作りながらでも用向きが終わってからでも、少時、雑談する事をいとわなかった。
 某氏の挨拶に行った帰りF屋の前を通った。仕舞っていた。そういえば本屋の奥さんも引退したい と言っていた。

 町中も 風の白さや 石畳

 来夏、7月14日、フランス=スコットランド祭りには、キルトを穿いて行進するB氏に会えますように。

『美しき女庭師の暦 1896』

 ラベンダーの花柄を刈り取った。
 緑銀に淡く煙る細い葉が、球形に茂っている。その間から、細い茎が伸びて先端に紫の花を付ける、
 ラベンダーは、憧れの花であった。
 十年程前、ラングドック地方の山間の小村に行った。住民は、百人をこえないだろう。アルビジョア十字軍で知られるカタリ派の本拠地のすぐ近く。
 ル=ペッチと村人の呼ぶ岩肌の多い低い山並みに野生の立麝香草(タイム)やラベンダーが生えていた。A町に持って帰って植えたが、つかなかった。同時に挿し木にした万年朗(ローズマリー)は、今では、立派な灌木に育っているのに。
 その後、何度か種を蒔いたが、芽が出なかった。庭の手入れに大切な時期に、田舎の家にいないのだから、仕方ないのかもしれない。
 昨年、ついに小さな苗木を買った。本当は、種から育てたかったので、一寸忸怩たるものがあったがーーー。
 昨冬は、寒かった。雪の積もる日もあった。あれほど細く弱そうだったのに、可哀想な事をしたと、窓外に流れる吹雪を見ながら、巴里で案じていた。
 ところが、此の夏、元気に成長し、のび放題の雑草の間でも、花をつけていてくれた。
嬉しかった。
 ウージェーヌ=グラッセ(1845−1917)の『美しき女庭師の暦 1896』の実物は、見た事が無い。以前プチパレで、絵葉書を売っていた。一年十二ヶ月を月ごとに、花好きの母に送ったりしていた。
 九月は、収穫の時。 噴水を望む庭の、ダリアが咲く小道で、 紫檀色の髪の娘が、 大きな籠を小脇に抱えている。乙女座の模様の枯葉色の衣装が、秋の訪れを思わせて。
 実際の庭仕事は、この優雅さとは、ほど遠いのだけれどーーー。

 花は枯れ尚芳しきラベンダー夕闇迫る雨後の狭庭に
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桐の葉も

Author:桐の葉も
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