侘助椿

近年、花屋の店先に鉢植えの椿が並ぶようになった。赤、白、斑入り。仏蘭西人の好みに合うのか、八重が多い。
京椿という言葉があるくらい、京都では、さまざまな椿をよく見かけた。神社仏閣、庭園、個人の庭先、茶室の床に。法然院の五色の散り椿は、花木好きの母と、何度か観に行っている筈である。
それでいて、さて、椿を好きかと聞かれるとーーー。
勿論、嫌いな筈はない。あでやかに美しく、就中、冬の朝、白雪を戴いて咲く姿は崇高でさえある。色鮮やかな花も、艶やかな葉も厚手でしっかりしている。余りにも、自分とかけ離れているので、賞賛するしかできないのかもしれない。
但し、侘助は別。
子供の頃住んでいた家の北向き玄関の脇に、侘助椿が一本あった。金木犀や雲竜柳の陰に隠れるようにして、それでも毎年赤白斑入り一重の花を沢山つけていた。
「ああ、あれは、A小母さんが、あなたのためにって、自分で植えてくれたのよ。」国際電話の向こうで、母は何気なく言った。
「えっ、そんな話、聞いてないーーー。」「自分で苗木を運んで、此処がいいって、場所も選んで、掘ってくれたの。あなたの事、自分の子供のように可愛がっていたから。」
A小母さんは、母の女学校時代からの親友。聾唖学校の寮母を勤めながら、お花の免除を取り、後年教えるまでになっただけあり、植物に詳しく、特に山野の草木を好きだったという。成長の遅い侘助椿が、かなりの高さになっていたのだから、植えたのは、新築の家に移った当初、私は七歳くらいだったろう。仕事が休みになると、何かしら編み物を携えて、遊びに来ていたA小母さん。玄関前に立つ度に、侘助の成長ぶりを楽しみにしていたのかもしれない。しかし、それから十年もたたぬうちに、 小母さんは、病を得て亡くなった。五十歳にもならず、生涯独り身のまま。
侘助椿は、その後一番長く住んだ京都の家には挿し木にして、持って行ったはずだが、後の転居は私の渡仏中でよくわからない。八十歳を越えた母も、忘れてしまったらしい。それでも、
「寂しい花だったわね。」
と、何度も電話口で呟いた。
「寂しいけれど、いい花だったわね」と。
侘助椿は、花粉ができない。自分で子孫を残せない。挿し木や接木で残していくそうである。痩せて骨張っていた小母さんの、青白いうりざね顔。記憶の底から呼び起こそうとしても、ぼんやりしている。


葉陰にも 蕾ふくらむ 椿かな












『メディチ家の至宝展』

『博士礼拝図』は、想像していたよりも小さかった。テンペラ画なので、写真に較べ色も濃く、照明の加減か、底光るように見えた。辻邦生が『春の戴冠』で詳述している絵。主人公の友人、画家サンドロ=ボッティチェルリも重要な登場人物メディチ家一族も、聖家族の周りに集まっている。
マイヨール美術館の『メディチ家の至宝展』。彼らの収蔵品や日常遺愛の品が展示されている。
やや複雑なつくりの会場の、反対側の壁には、綴れ織りの『春』。牡羊、牡牛、双子と星座の象徴に囲まれた豊麗な春の女神が、白百合や赤い薔薇の花束を手に、空を飛んでいる。『仏蘭西1500年』で観た綴織壁掛けの静けさとは対照的なほど、躍動感に溢れている。ロレンツォ=デ=メディチの肖像画、手跡、愛蔵書等も観る事ができた。精巧な宝飾品は、美しきシモネットの身を飾った品々を偲ばせる。
『春の戴冠』は、昨年春、黒白猫亜子ちゃん病気のおり、動物病院でも自宅でも、一日中付き添いながら読んでいた。片手を寝ている側に置いておくと、その上に前足を乗せ、頰すりをしたまま眠ってしまった。「ん、んっ」と、寝言を言ったり、時には喉を鳴らして、吃驚させたり。ふと眼を覚ました時、顔を覗き込むと、安心したように、すぐにまた寝入ってしまう事も。上下二巻の大作をゆっくり読み続ける、静かな、ある意味で穏やかな日々でもあった。猫嫌いの著者には申し訳ないが、しなやかで陽気で、それでいて一途なシモネッタは、どこか亜子ちゃんに似ているとさえ思った。その儚さまで。
子供の頃、北向きの父の書斎の一隅に、世界名画全集が並んでいた。函入り布表紙、各册百頁余り。重くはないので、簡単に引き出す事ができた。勿論、解説は判らない。ただ、色刷り写真を眺めているだけ。『ヴィーナスの誕生』や『春(ヴィーナスの統治)』の載っている一冊は、好きであった。
父の最初の妻は、二十歳そこそこで脊椎カリエスのため、亡くなった。父は毎朝、その枕元を整頓して出勤したという。物静かな人であったから、帰宅後や休日などは、病床の新妻の傍らで本を読んだり、好きな画集を眺めたりして過ごしたことだろう。父は、死ぬまで、おりに触れ、その人の事を思い出していたらしい。
展覧会場の出口近く、ヴェネチア=バロック音楽が流れていた。十八世紀初め、メディチ家の後裔は、音楽愛好者としても知られていたそうである。

しらしらと寒桜咲く川べりに夕かたまけて風いでにけり

プッチーニ『蝶々夫人』

「ある晴れた日に」は、子供の頃、最初に聴き覚えたアリアかもしれない。テレビのお正月番組の一つで、オペラ歌手がそれぞれ得意の歌を披露していた。その中に必ずといっていいほど、この有名な蝶々さんの独唱が入っていた。
実際に舞台を観たのは、巴里に来てから。バスチーユ=オペラ座初代指揮者鄭明勳の繊細な指揮ぶりが、好もしかった。演出は、最小主義で知られるRobert WILSON。能や石庭を意識しているらしい舞台装置は、ともかく、奇抜な被り物や肩を出した衣装に、何となくそぐわないものを感じ、暗く寂しい印象を受けた。
ところが、今回は、開国直後の日本ということにこだわらなければ、寧ろ古典的な美とさえ写った。動きも少なく、歌手も聴衆も歌に専心できて、充実感があった。
指揮は、イタリア人Maurizio BENINI。華やかで劇的。演奏部分も、堪能できた。蝶々さんは、やはりイタリアの名花Micaela CAROSI。ヴェルディを得意とするだけあり、艶やかで豊かな声。いつもながら、余りにもよく知られた歌を歌うのは、難儀だろうと同情してしまった。アルバニア生まれのメゾ=ソプラノ Enlelejda SHKOSAのスズキも、よかった。女主人との、二重唱がこれほど抒情的だったとはーーー。
舞台は簡素、音楽は色彩感豊かなプッチーニとなった。
ところで、最近オペラ座のプログラムには、原語との対訳歌詞がついている。中の図版も、舞台写真だけでなく、演目に関連したかつての名歌手、 絵画や映画 等等。なかなか楽しい。
今回も、ピンと撥ねた口髭のピエール=ロッティの写真が、入っていた。昔訪れたラ=ロッシェルの彼の記念館を思い出した。各部屋が、中近東や亜細亜の滞在先に擬した奇抜な飾り付け。(日本は、あったかしら。)
また、何処か懐かしい味わいの浮世絵風の版画も数枚載っている。作者エミール=オルリックというプラハ生まれの画家を、初めて知った。
そして、此の冬、何度か肖像画を観たカミーユ=モネの着物姿。扇をかざして微笑んでいる。数年後の、その死を思うと、一層愛らしい。

てふてふと 墨色あはく 寒の明け 

万年筆と猫の夢

日記をつけたり、手紙を書いたりする時には、万年筆を使っている。仏蘭西製で、ごく普通の文房具屋で手に入る。本体は、一見黒に見える艶消しの鉄錆色、細い金色の縁取りが入っている。もう十数年前に購入し、一度ペン先が傷んで、修理に出した。戻って来た時は、嬉しかった。
万年筆と日記とは、切り離せない。最初の日記帳は、赤い表紙に、大きな丸い眼の女の子の絵が付いていた。小学校四年生の時。鉛筆で書いていたが、まもなく母が、自分の使っていた万年筆を下げてくれた。淡い臙脂色で、二十年近く愛用した。本体だけは、今もある。
書きためた日記には、何時の頃からか、猫達が顔を出すようになった。幼稚園の頃から、猫のいない生活をしたのは、全部合わせても三年ほどというくらい、いつも側にいた存在なのに、気をつけて書くようになったのは、渡仏以後。多分、日本から連れて来た猫達が年老い、今のうちに何か残しておきたいと思って、始めたのだろう。
特に、十七歳と四ヶ月生きた黒白猫亜子ちゃんについては、一日の記録の隅に、気がつくと、時々何かしら書き付けた。
日記自体、毎日つけていたわけではないし、健康な時は、全く問題をおこさない出来のいい子であったから、唯、喉をよく鳴らした、アスパラガスを食べた、窓辺に飛び乗った、箱で遊んだ、とか、毛を梳いた、爪を切った、等等なのだけれど。
この頃、亜子ちゃんが夢にでてきてくれる事がある。亜子ちゃんだけでなく、昔一緒に暮らした猫達や、全く見知らぬ猫達も。ブログでお会いした猫さん達と、はっきりわかる事もあった。
何となく慕わしい明恵上人の『夢記』。河合隼雄先生の『明恵、夢を生きる』や白洲正子女史の『明恵上人』に導かれて、読み終えることができた。難しい事は、わからないが、黒い犬の夢は、時折訪れた高山寺の小犬の彫り物を思い出して、心に残った。
せめて、猫の夢だけでも書き留めておこうと、枕元に日記帳と万年筆を用意してある。
ところが、寝ぼけ眼の走り書き。判読出来ない事の方が、多いーーー。

春あさみセーヌの橋より見はなてば夕居る雲も暮れはてにけり 

ヘンデル『ジュリオ=チェーザレ』

音楽好きの友人と話す楽しみは、知らなかったり忘れていたりする点を、上機嫌で教えてくれる事。『ジュリオ=チェーザレ(ユリウス=カエサル)』前回上演は、覚えていなかった。バロック=オペラに興味を持ち出したのが、最近なので、余り気に留めていなかったのかもしれない。その折りの演出の方が、簡素で良かったという。
較べられないから、何とも言えないが、今回の新演出は、賛否両論。クレオパトラとカエサルの恋が、現代の美術館の中で繰り広げられる趣向。古代ローマの作品を収めた倉庫や、18世紀の風景画が舞台となる。舞台上で楽団員が衣装をつけて演奏したり、舞台装置係らしき人たちが、演技に参加したりと、なかなか冒険的な試み。但し、横たわった巨大な彫像の上で独唱させるなど、時々、歌を大切にしていない部分もあるように思われた。
ヘンデルの曲は美しく、登場人物それぞれに個性的な聞かせどころも多い。幕間二回の正味三時間半が、長く感じられなかった。
男性歌手では、主役のローレンス=ワッゾも、トロメオ役のクリストフ=ドモーも、よかった。
クレオパトラ初役ナタリー=ドッセ。有名な第二幕を、実際に聞く事ができて満足。(もともと、特に好きな歌手という訳ではないのでーーー。)
むしろ、二人のメゾ=ソプラノ、ヴァルドイ=アブラハミアンの豊かな声や、少年セスト役のイザベル=レオナールのいかにも若々しい声が快かった。
印象的だったのは、指揮者エマニュエル=ハイムと彼女自身の率いる楽団。古楽器を使っている。ハイム自身も時には、クラヴサンを弾く。たっぷりした漆黒の巻毛を掻き揚げ、大きな身振りで、踊るように華やかな指揮。丁度、楽団席を見下ろす席だったので、よく見る事が出来て楽しかった。友人の話によると、先年オペラ座との企画で降板したので、今回は名誉挽回。これからも、登場して欲しい。
幕切れまで、一気に盛り上げて喝采を浴びていた。

遠ざかる 夜間飛行や 春隣



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Author:桐の葉も
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