モーツァルト ピアノ協奏曲 K488第二楽章

数日前から隣家で工事をしている。音が気になるので、アイ=ポッドをステレオに接続して聴いていた。普段は、あまりしないことである。何の曲が流れて来るか、確かめたいので。
ふと気がつくと、モーツアルト、ピアノ協奏曲K488の第二楽章となっていた。
心づもりができていなかった。一年一ヶ月ぶりで聴く。
ちょうど黒白猫亜子ちゃんの月命日に。
亜子が腎臓病になってから、食事は、ちいさな針無し注射器で食べさせていた。 皮下点滴も始まった。不思議と嫌がらない。そのまま腕の中で眠ってしまう事もあった。 モーツアルトは、気持ちを穏やかにするアルファー波というので、いつもクララ=ハスキルをかけていた。
当時、第二楽章最後、ピアノの旋律を聴きながら、いつか、亜子ちゃんを抱けなくなってから、この曲を耳にするのだろう、と震えるような思いだった。
昨年10月30日以来、一度もこの曲はかけていなかった。
今朝、ゆくりなくも聴く事になった。
亜子の写真を抱いて、寝台に坐った。やはり、泣いた。名前を呼んだ。亜子は生前、私が泣いていると、「マンマの一大事」と、ばかり跳んできてくれた。胃癌の痛みに苦しむ、ある若い女性を、やはり飼い猫が跳んで来て慰めてくれたという記事を読んだ時、よくわかった。
突然,孫猫真心子が、寝台の上に昇って来た。驚いたように、のこのこ側まできて喉を鳴らしている。真心子は、今までは、こちらの感情に反応するよりも、まず楽しくて、面白くて、甘えかかる遊び好きさんだった。いつもと違うらしいと、膝に手をかけてくれる真心子を右側に、天使猫亜子ちゃんを左側に、眼を閉じた。
スタッカートの第三楽章が始まった。モーツアルトの明るさには、悲しみの果ての透明感がある。

冬あさみ空は朗らに冴ゆる青細くたなびく絹雲の端


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針箱

欧米で暮らす日本女性の多くが、経験する事だろうが、既製服が大きすぎる。
仏蘭西製は、亜米利加や欧羅巴一般に較べて小さな方らしいが、やはり、釦や留め金を付け替える事が多い。ジーパンは、子供用で間に合うが、裾あげだけはする。彼女達は、すでに脚の長い体型なのだろう。
裁縫箱は、いつも手元に置いてある。
内田百閒の『恋文恋日記』の解説に、作者が娘に「針箱の内をくちゃくちゃにしとくような女は、亭主に愛想をつかされるぞ」と、小言を言う話がでていた。
整理整頓は、男性のほうが得意なのかもしれない。
百閒の妻同様、母の引き出しは、絶望的に、総てが入れこんであった。結局全部ひきださないと、何も見つからない。詰め込みすぎて、奥におちていることさえあった。亡父は、「そこの三番目の小ひきだしの右側の箱」と指示できたように、引き出しの中も、空き箱等を利用して整理してあった。もっとも、期限の切れた薬なども、丁寧に仕舞ってあったけれど。
父の使ったタオルは、固く絞って、端がそろえてあるので、すぐにわかった。折畳傘を畳むのも、古新聞を四つ折りにして、固く紐でゆわえるもの得意であった。
実験系の科学者であったから、そういう習慣がついたのか、もともとそういう性格であったから、その道に進んだのか。
百閒の妻は、草花を飾ったりする趣味はあったそうで、その点も母と似ている。母は、引き出しの中に綺麗な包装紙を敷いたり、大根の端を水栽培にして、花を咲かせたりしていた。
裁縫箱に戻る。
初めて持った裁縫箱は、箱根で買って貰った寄せ木細工。蛇腹のように開く蓋が、面白かったが、長年使ううちに壊れてしまった。次は、蔦紅葉を描いてある木箱。丈夫であった。実家に置いておいたので、いつの間にか消えてしまっていた。
今は、洋裁用と和裁用と、二つ持って居る。洋裁用は、三段に分れて左右に開き、かなり大きい。二十年以上愛用しているが,人から譲られた品だから、実際はさらに古いものであろう。滅多に使わない和裁用は、母から。京都四条の店で見つけた焼桑に縮緬の木目込み。同じ細工物で文箱も持って居る。
どちらも完璧とはいえないが、百閒の小言だけは、まぬがれられるかもしれない。のど飴の小さな空き缶に釦を入れたり、小箱に色糸を揃えて並べたり。私の中の父を感じる。
問題は、孫猫真心子。時々、天使猫亜子ちゃんのしなかった事をするので、驚いてしまう。今朝も、ズボンの裾上げをしようと、裁ち鋏を使っていたら、跳んで来た。動く鋏に飛びつこうとする。糸をひけば、手をだす。さらに、裁縫箱の蓋があいていたので、中を覗き込んでいた。
久しぶりにミシンを使う予定でいたが、どうしようか。どうも、危なさそうである。

ゆるやかな 猫の寝息に 冬の雨


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『エドヴァルド=ムンク 近代の眼』展、ポンピド==センター

巴里に住んでいるにもかかわらず、余り馴染みのない地域がある。ポンピドー=センター周辺もその一つ。騒々しい人混みは苦手なので、つい遠のいてしまう。
しかし、今期は『エドヴァルド=ムンク、近代の目』展なので、重い腰を上げた。
先年ピナコテック巴里の『ムンク展』は、千八百年代の版画が主であった。今回は、ムンク四十代以降、二十世紀の油絵を中心に、彼が興味を示していた写真映像等にも及んでいる。
作家でも画家でも、作品の主題の幅の広い型と、そうでない型があるらしい。ムンクは、展示室の一つが、「反復」と表示されていたように、同一主題を繰り返し、深めていく方であったと見える。
展示会場で最初に目にはいる油絵が『接吻』。沈んだ濁った色調で二人の顔が一体化している。それが『吸血鬼』に繋がる。主題となる男女関係の葛藤は『孤独』や『嫉妬』へと展開していく。もし、恋愛に悩む年頃であれば、身につまされるだろう。ムンクの絵は、どれも悲劇的であるから。
しかし、今は『病める子』の前で、じっと立ち止まる。愛する者に迫り来る死を前になす術もなくうつむく女性。死に行く少女の神々しいまでの横顔。数人、絵の前にいても、皆黙っている。
結核で逝った姉ゾフィーの面影という。ムンクは、外的内的理由で、この絵を何枚も描いている。『死との闘い』も、その延長であろう。
明るい南仏を思わせるマチスの鮮やかな緑に対し、ムンクでは、赤、それも不吉な赤が印象に残った。知人は、暗い青と言っていた。特に男性の厳格な青い衣装、と。雪の白さでは、二人とも一致した。『道の子供達』『橇の男』。眩しいような白は、北欧ノルウェーの雪そのものなのだろう。
展覧会としての視点は斬新であるが、やはり、鉛色の雪げに曇る低い空、澄み切った痛いような冷気、真っ白な雪原、その果てに突如輝く陽の光が、作品の背後に感じられ、北欧の生んだ画家という印象が残った。

楡の木の落葉散り敷く広場にて主(あるじ)の後より小走りの犬

知人は、この展覧会の後イプセンの『人形の家』を読んだそうである。そういえば、イプセンの戯曲は、観た事も読んだ事もない。冬の愉しみが一つ増えた。


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『マチス、セザンヌ。ピカソ。スタイン家の冒険』展 グラン=パレ

20世紀初め、巴里に逗留したスタイン兄妹一家は、当時の同時代作家マチス,セザンヌ、ピカソ等の作品を、集めた。この展覧会は、彼らと、その蒐集された作品の二つに焦点を当て,更に画家達との個人的交流にも及んでいる。以前、オルセー美術館で催された『アンブロワーズ=ヴォラール蒐集展』にも、似通う趣向。ヴォラールは、スタイン家と親しい画商で、その取り扱い作品も重なっている。
レオとガートルート兄妹、ミカエルとサラ夫妻、更にレオが退いた後のガートルートとその伴侶アリス。彼らの周辺には、美術関係者は勿論、文学者も集まり,一種のサロンが形成されていた。その住まいのあったフルリュス通りとマダム通りは、 巴里六区、カルチエラタンからモンパルナスに向かう落着いた瀟酒な一角。 一頃、よく近くまで通っていた。懐かしい。
グラン=パレの展覧会は、どれも大掛かり。毎回、ほぼ二百点が展示される。今回も、彼らの手を通った作品全六百点ほどのうち、約二百点が、一堂に会している。繰り返し観て行くうちに、また新しい発見もあるだろうが、今は,マチスが印象に残っている。マチスの緑が。
まず驚く「帽子の婦人」の鮮やかさ。さらに進むと、一室の壁に、殆ど彼の作品だけが展示されている。日本趣味の作品、南仏風景、肖像画。線が単純なだけ、一層映える色彩の饗宴。どれも華やかに明るく軽やかな印象。そして、緑。輝くような、時には、少し淡くなったり沈んだようになったりしても、やはり緑。
思わず吹き出したのは、『庭の御茶』。緑陰で御茶を楽しむ二人の女性。その足元で耳を掻こうとしている犬。「ぶさ可愛い」とは、まさにこういう事かと、若い人に教えて貰った言葉を、思い出した。振り向くと、二人連れの老婦人も微笑んでいる。孫なのか、男の子も笑っている。
私も、レオと同様キュービズム辺りは、よくわからないので、この和やかな絵の印象を抱きながら、意外と暖かいセーヌ河畔でバスを待った。

冬の陽の 川面に揺れて 遅き船


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百人一首

仏蘭西でも近年和歌の研究が盛んになってきた。
数年前の高等教育者試験には、古今集と新古今集の冬の部が課題に入ったそうである。その為というわけではないが、久しく忘れていた百人一首を、暗記しなおしてみようか、と思い立った。
「いいわねえ」と、国際電話の向こうで、嬉しそうな母。
子供時代、毎年正月、兄姉弟妹六人で歌留多取りをしたという。
読み手は祖母。「明るい大きな声で楽しそうに」。
明治生まれの祖母は、娘時代、その父親の意向で、東京のさる華族宅へ行儀見習い奉公に出されていた。そこで歌留多取りの読み手に指名され、二百枚読んだという。
「元気がよかったからでしょうね」
小太りで背が低く色白、張りのある大きな目。闊達でなかなか威厳のあった祖母の姿を思い出す。いつも、身綺麗な着物姿だった。
それほど馴染む時間もなかったためか、実際知っている祖母よりも、母から語られる祖母の方が印象深い。
昭和二十年、母達の住んでいた町も空襲を受けた。焼夷弾で倒れた母の上に、祖母は小さな身体で覆い被さり、火の粉を防いだ。母は、まだ十五歳であった。山奥の小さな病院で、最初は生死も定かでなかった母を、祖母は、独りで、一年間看病し通した。「一言も愚痴をこぼさないでね。」
「村雨のー」「露もまだひぬーーー」。「めぐりあひて」「みしやそれともーーー。紫式部。好きだったわ」。
うっかりすると、母は、私の記憶にある祖母の年をこえてしまったのかもしれない。それでも、十歳ほどで覚えたという歌を続ける時は、少女のように得意そうであった。

桐一葉 歌諳んずる 夕まぐれ


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