号外

『ひなたぼっこ』さんからです。
とても素敵なのに、不幸な過去を持つビー君、
前回大好評だった猫譲渡会。
皆さん「幸せ』に巡り会えますように。
本ブログさんには、ビー君の経歴、これまでの譲渡会の様子などが、過去記事で沢山出ています。
ぜひ御覧になってくださいね。


●猟犬ビーくんが里親様募集中です!!
よろしくお願いします。

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お知らせ

静岡ねこの会主催『猫譲渡会』があります。

2月26日(日)10時~15時

SBSマイホームセンター静岡展示場内
 センターハウス 2階会議場
(住所  静岡市駿河区桃園町1-1 )

★同時開催します
・捨て猫や殺処分現状パネル展
・保護して幸せになった子BeforeAfterパネル展
・見て読んで知って猫本コーナー
・ねこの困り事相談も同時開催します。

●オリジナルグッズ販売コーナー
「肉球アクセサリー」「猫のツメ研ぎ」「猫用しゅしゅ」「バンダナ・首輪・ハンモック」「クッキー」「お洋服」など!
収益は「ねこの会」の活動資金にさせていただきます♪

当日はたくさんの猫たちと触れ合えます♪
ぜひ、会いにおいでくださいませ


※譲渡条件がございます。
詳細は「こちら」から。
よろしくお願いします。

洋蘭

巴里に住み始めて驚いたのは、生きている花がそのまま捨てられている事。
最初は、近所の通りに面した建物の前庭の花壇が、綺麗に整えてあるので、感動した。管理人さんが花好きなのか、などと想像した。しかし、ある時、まだ咲いている花を次々掘り起こして、車の荷台に放り込んでいるのを見かけた。園芸の専門家は、今度は、真冬なのに既に咲いている三色菫を植え始めた。なあんだ。花は、種や球根から育てるのが、楽しいのに。
昨年の夏休み前、荷台の端から、引き抜かれた満開のフーシアが鮮やかな紅の花を覗かせていた。
「もらっていいですか?」
すぐに、二株分けてくれた。「どうせ、捨てるから、もっと持って行ってもいいですよ」
生きているのだから、皆貰いたいくらいだが、持ちきれない。田舎の家の庭に植えた。
鉢植えの花も捨てられている事がある。
実は、今ある洋蘭も、道の端に割れた皿や鍋と一緒に置いてあった。引っ越しの際、残して行ったらしい。長い枝が二本延びている。 花はついていない。緑の大きな葉が四重に重なっている。一番小さな葉もしっかりしている。
迷ったが、拾って来た。洋蘭を育てるのは、初めて。根が、縦横に延びて鉢からはみ出している。中には、中間がしなびていて、その先が、再び浅緑になっているのもある。途中から、分かれて少しずつ延びているのもある。
花屋さんに教えて貰ったように一週間に一回,水をやっている。どうも、気をつかわせる、何だか気難しい植物だ。それだけに、もし蕾を付けてくれたら、さぞ嬉しいことだろう。
朝起きて、洋蘭にも話しかける。孫猫真心子も、側でみている。

灰色の猫も夢見て冬館


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『花のオランダ坂』

暮れに貰った猫柳が、白い丸い芽を未だにつけている。そこに、 花屋で求めた桃の枝を三本副えると、いかにも春らしくなった。
膨らみかけていた蕾が、日を追って咲きついだ。かなり長く咲いている。一週間過ぎても、濃く薄く、まさしく桃色の八重の花が、ほのぼの明るい。
「私は、桃の花が好き」という、宝塚歌劇の歌があった。「いつまでも、いつまでも、愛の花が咲くから」と、続く。
菊田一夫作『花のオランダ坂』。 長崎が舞台。確か花魁と異国の青年との純愛物だった。歌劇『蝶々夫人』に似ているが、ピンカートンと違って誠実なズーフは、一人で帰って来る。
ごく幼い頃に、テレビで観ただけなので、今では筋も定かでない。手元に資料がないので、確かめる術もない。母にも聞いてみたが、はっきりしない。 歌だけは、相変らずの声で歌ってくれるのだけれど。
私の記憶にあるのは、何故か瀕死のズーフが、愛する女のもとへと、坂を上がって行くが、力つきて倒れ臥してしまう姿。 熱演真帆志ぶきは、這ってでも進もうとしていた。ついに動かなくなった細い背中に花びらが、降り掛かかる。暗い舞台にそこだけ照明が当たっていた(ような気がする)。恐らく加茂さくら演ずる女性は、恋人が戻って来ないので自殺してしまったのだろう。
私は、小学校に入っていたのだろうか?
死が、どういうことであるか、わかっていたのだろうか?
愛する存在の側に行きたい、それが、かなわない、ひたすらな無念のまま、息絶えた。もうとりかえしは、つかない。 それくらいしか理解できなかったはずだがーーー。
ともかくおいおい泣いた。
舞台を観て泣いたのは、初めてだっただろう。
母は十五年間、白猫ベルと文字通りふたりぼっちで暮らしていた。既に結核に冒されていたらしい母は、ベルも体調があまり優れない事に気付いても、どうしていいのかわからなかったのかもしれない。ある冬の晩、ベルは、母の寝ている布団の上に這い昇り、眠っている母の背中にくっついて息を引き取った。翌朝、母が目を覚ました時には、既に冷たくなっていた。母は、亡骸を一日中抱いて寝たという。
「二枚重ねのお布団の上に昇るのも大変だったのにね。どう思って、這ってきたのか。」
遠い昔、倒れ臥したズーフに泣いたように、ベルにも泣いた。
桃の花は、美しいけれど悲しい想いを誘う花でもある。

寒の雨水かさ増して夕の船


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南仏と歌劇

先日『マスネー歌曲の夕べ』でテノール、ケヴィン=アミエルの経歴を見ていたM氏が、嬉しそうに笑った。「トールーズ出身。ベジエのコンクールに出て、アヴィニョンやマルセイユの歌劇場で歌っているね」
氏の父親は、南仏出身。二十歳の時に母親を結核で喪った。ちょうど兵役にあたっており、上官が同情して、マルセイユの劇場巡察の役につかせてくれた。そのおかげで、歌劇に親しむようになった。さらに、除隊後税務省に勤めるようになったからは、仕事柄モンペリエやパラバスの劇場に出入りするようになった。
南仏人には珍しく一メートル八十の長身。ぴんとひねった細い口髭を蓄えた整った顔立ちは、モーパッサンの『ベラミ』を思わせる。気は優しくて力持ち。一度も怒った事がないほど穏やか、しかも自転車、ラグビー、ボクシングと運動も得意。老若男女に好かれたから、劇団員や歌手俳優とも親しくなった。 裕福だった家が没落したので、小学校卒、こつこつ勉強して公務員試験に受かった。歴史関係の本の他はあまり興味なかったが、歌劇や芝居には詳しかったという。
本人も歌が大好きで、テノールの美声でよく歌っていた。
かつて、ベジエにいた広大な葡萄園主は、大の音楽好き。葡萄園を見回り、よい声で歌っている若者や娘をみかけると、「いくら貰っているのかね」「はい、**で」「よし、その倍あげるから、歌を勉強して来い。」こうして、実際に巴里で歌う歌手が育った事もあるという。
M氏の父親の一生の後悔は、この気前のいい貴族にめぐりあえなかった事。
一家をあげてソーローニュの田舎町Aから、再び南仏に戻ったのは、M氏が六歳の時。ボーケール、ニームと住んだ。家の前の家具職人は、歌劇場の合唱団の団員。トンカチトンカチ、木槌の音をさせながら、公演の練習に声を張り上げて歌っていた。さらに、大学入学のため巴里に来た時は、父親も着いて来て一緒に暮らし、二人でガルニエ劇場にも行った。
こうした環境で、父親っ子だったM氏が歌劇好きになったのも当然だろう。
その頃、ある紳士に、好きな音楽を尋ねられた。「歌劇」と、答え、「あまり高級な趣味ではないな。バッハを聞きなさい。」と、注意されたという。日本にいた時も、「仏蘭西の作曲家では、誰が好きですか?」という仏蘭西贔屓の婦人の問いに、「オッフェンバック」。軽蔑の眼差しでみられたと苦笑する。「彼女は、断然ドビッシーとラヴェル、だそうで。ナポレオン三世も、オッフェンバックが、好きだったんですけれどね。」
しかし、ベル=カント好きは伊太利亜に近い南仏一般の傾向なのだろう。本当かどうか、知らないが、トーローズのカピトール歌劇場では、下手な歌手には、トマトが飛んだという。そういえば、先月聞いたカピトール交響楽団は、素晴らしかった。
庶民に愛され、親しまれていた歌劇、人々が鼻歌のかわりにふと口ずさんでいたアリア。
歌劇がしゃちほこばらず、ましてや、思想や観念を表すためではなく、美しく感動的であった時代。
いつのまにか、過度に商業化され、演出家個人の主張を表す手段となってしまった。歌手は声よりも容姿が重んじられ、脚本の時と場は尊重されず、歌詞と舞台が一致しなくなった。 歴史劇は、その時代の風俗衣装を舞台で観る楽しみがある筈なのに、それも背広一点張りで、奪われてしまった。
何故だろう?
もう一度、歌劇が歌を中心とした、わかりやすく楽しめる本来の姿に戻って欲しいと、願っているのだけれどーーー。

細やかな冬の夕べの雨にぬれはや芽吹きそむ垣根のしづ枝


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ロッテルダム交響楽団演奏会

久しぶりのシャンゼリゼ劇場。ロッテルダム交響楽団、ヤニック=ネゼ=セガン指揮。
『シェーラザード』は、リムスキー=コルサコフのバレー音楽しか知らなかった。ラヴェルの同名曲は、三編の詩に曲をつけている。何処か異国的なのかもしれない、捉えどころのない旋律だが、めりはりのある指揮で、飽きさせなかった。
ソプラノ、アンナ=カテリナ=アントナッチは、以前バスチーユでラシャルを歌った時に聞いた。カルメンも歌える、深く豊かな美しい声。仏蘭西語も、はっきり聞き取れた。
しかし、先日のマスネーの歌曲に続いて仏蘭西語の歌曲は、作曲する方も歌う方もなかなか難しいだろうと、つくづく思ってしまった。伊太利亜語は、普通に話していても歌っているよう。独逸語や露西亜語の響きも、旋律にのりやすいらしい。(母が露西亜語の歌を聴いて、「ニャーニャーって、何だか猫の鳴き声みたいね」と、笑っていた)。仏蘭西語は、歌うというよりも物語るような、呟くような。日常生活では、耳に快いけれどーーー。(それでも、最近乱暴な激しい物言いが増えているようで、悲しい)。
バレー音楽『ダフニスとクロエ』も、全曲を聴くのは、初めてではないだろうか。有名なさわりの部分は、よく演奏されるし、バレーでも上演される。五十分間、休み無しに次々と変化に富んだ旋律が繰り広げられる。まだ若い小柄な指揮者は、身体を伸ばし、縮め、前に進み、後ろに退き、腕を振り上げ、時には笑い、時には怒ったように、情熱的な指揮ぶり。観ていても楽しかった。
指揮者は、踊り手にも負けないほど体力を使うのではないかと、感嘆した。
しかし、よく見てみるとどの楽器の奏者も、体中を使っている。楽団の背後の合唱団員一人一人もそうなのだろう。弦が一斉に動いたり、管楽器の独奏が聞こえてきたり、また、アーウーというような底力のある合唱が響いて来ると、そのうねりに身体が引き込まれるようだった。
幕間に、同行した美術好きの友人に誘われて、ブールデルの壁画をゆっくり観る。白鳥とレダを主題にしている。淡い色合いが美しい。 彼女は、現役の頃、ブールデルの作品の展覧会等にも関わったそうで、思いで話を聞きながら、一回り。アール=ヌーヴォー様式のこの劇場の設計者オーギュスト=ペレの頭像もあった。
名物おばあちゃんからアイスクリームを買って、舐めていたら顔見知りの人々とも出会った。
どこか軽快で爽やかなこの劇場には、豪華なガルニエや機能的なバスチーユとはまた違う魅力がある。

今朝観れば一輪挿しの桃の花咲きほころびぬゆかし春風


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Author:桐の葉も
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