織物と相馬焼

今、ジャルダン=アクリマタッシオンの日本祭りから帰って来た。
机の上に五枚の小さな織物を並べた。色も大きさもさまざま。花瓶敷きや、小物敷き、お客様に御茶など出す時、使っても綺麗だろう。淡い紅や青、薄い茶色、植物染料独特の優しく心が落着く色合い。ざっくりとして素朴でいながら、細やかで丁寧な仕事。見ているだけ,何となく暖かな気持ちになる。
八十歳の人の手になるという。東北大震災の避難所に住んでおられる方だそうである。日本祭りには、縁日のように沢山の露店が,道の両脇に並んでいる.店はその中にひっそりと混じって出ていた。更に、布は並んだ商品の陰に隠れるように、そっと箱に入っていた。知人に教えられなければ,注意しなかったかもしれない。一枚、信じられない程僅かの値段だった。
隣の店で求めた相馬焼きの小さな器も、取り出す。薬味いれだろうが、草花一輪いれてみたい。馬が元気に跳ねている。父遺愛の相馬焼きのとっくりも一輪差しとして重宝している。
とっくりには、二匹すでに跳ねているから、これで三匹。
被災地の馬達も,再び元気に跳ねまわる日がきますようにーーー。

桜散るその日あらたに日の光


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『優しい夢』


優しい夢を
見ましたよ。

桜の花に包まれて
虹の橋に来た
おじいちゃん

「何だか地上は
寒かった
冷たい風が
吹いとった」

猫のぷ〜ちゃん跳んで来て
おじいちゃんの膝の上

「天使猫達
寄っといで。
皆でおじいちゃん
暖めて」

ふわふわ
もこもこ
猫達が
肩や背中に
とびのった

「おお、おお
これは、暖かい
ぷ〜ちゃん、どうもありがとう」

(招き猫ぷ〜ちゃんとおじいちゃんへ)


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ラテン区

M氏との散歩は、やはりラテン区となる。氏にとっては、六十年程前に南仏の小都市から、準備教室に編入されて以来、馴染み深い地区。私も、未だにお世話になっている。
今回は、仕事に一区切りがついたお祝いもかね、前から約束してあったムフタール通り近くの小径で、クレープでも、という話になった。
地下鉄オデオン駅で降り、 巴里の守護聖女聖ジュヌヴィエーヴ通りをゆっくり登る。
かつての理工科学校の前に出る。「今朝、D夫人から電話がありました。このすぐ前の小さな珈琲店に、四年間、通っていたそうですよ。」
D夫人は、M氏の親友D氏の未亡人。M氏は、理工科学校出身D氏と,それぞれ職務で日本に派遣されていた時、同じ宿舎暮らしで知り合った。 二人ともまだ三十代前半。D氏は、新妻同伴。「理工科学校出身だから、莫大な持参金付きの縁談が、降るように来たそうです。D氏は、それを全部断って、家族の大反対にもかかわらず、当時教えていた大学の生徒であった夫人と結婚したのですよ。」
夫人は、五人兄弟の貧しい農家出ながら、苦学して博士号をとった。それにしても、小柄で小太り、小さな目がちょっと悪戯好きそうで、無邪気な笑顔のD氏からは想像し難い大恋愛。
「若い頃のD夫人は、どんなでした」
「背が高くて、美人でしたよ。」
はきはきした夫人の横で、D氏はいつも無口、にこにこと微笑んでいた。
巴里に戻ってから、氏は理工科学校でも教鞭をとっていた。夫人は、氏が仕事を終えて出て来るのを待っていたのかもしれない。
「ここかな」
確かに、小さな広場を挟んで、小体な店がある。外の椅子では、日曜日なのにコンピューターで、勉強して若者もいる。中は、梁や漆喰、煉瓦作りの壁。なかなか落着いて清潔。 残念ながら、喧しい音楽が流れて来たので、珈琲一杯で外にでた。
遠い日に若い二人が、差し向かいで坐っていた頃は、静かだったのだろう。
思いがけず、旧理工科学校の敷地内に入る事ができた。 今は、産業開発省の管轄。さっぱりと幾何学的な庭の中央には、芝生。全体に静かで明るい雰囲気。
周囲にフォッシュ、ジョッフルと第一次世界大戦の二元帥の名を冠した瀟酒な建物が、建っている。理工科学校出身者は、士官として軍務につく伝統があった。第一次大戦では、三人に一人の士官が殺された。人と馬とが殺戮され人々の生活を覆し惨劇であった。
デカルト通りに入る。数学者哲学者であると同時に、無敵の剣の達人は、M氏のお気にいり。
長年辻邦生氏の住居であった建物の前を通る。表示板の開幕式に,愛読者としてそうっと道の外れで見ていた日は、ついこの間のようだけれどーーー。
アンリ四世校を越えると、賑やかなムフタール通りとなる。

蹴球の声をよそにや藤の花

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『聖アンヌ、レオナルド=ダ=ヴィンチの最後の傑作』ルーヴル美術館

以前も書いたが,グラン=パレ『仏蘭西1500年』は、いい展覧会だった。歴史上指標となる1500年前後を視覚化できた御陰で、シャルル7世、ルイ11世、アンヌ=ド=ブルターニュとその二人の夫シャルル8世とルイ12世等の名に親しみがわいた。
レオナルド=ダ=ヴィンチは、彼らに続くフランソワ一世に招聘された。彼の晩年の傑作『聖アンヌと共にいる聖母と幼子イエス』をめぐる展覧会が、ルーヴル美術館で開催されている。
この度修復を施された大作を中心に、ほぼ二部に分かれている。前半は、伝統的な図象的意味、ついで制作までの試行錯誤の課程を、作者の素描、弟子達や他の画家の作品により詳しくたどる。後半は、数多くの部分習作や、多くの画家による模写、展開、後世への影響に及んでいる。どちらも、絵画資料のみならず、作者や同時代人の書簡等文章資料も展示してある。
入ってすぐにアンヌ=ド=ブルターニュが、聖アンヌとともに描かれている小品を見つけた。お馴染みの丸顔におでこ、円な瞳。彼女が、16世紀初めの同名の聖女への信仰の流行に関連していたと初めて知った。
実際にはありえなかったという聖アンヌを中心とした聖母マリアと幼児基督の三位一体。波打つ髪の少女のような聖母もその母聖アンナも垂れ目の木彫は愛らしい。
母、娘、孫の三世代の構図に巨匠がいかに苦心したかは、変転する下絵でよくわかる。受難を暗示する生け贄の子羊と戯れる幼児基督への母マリアの想いと、その二人への祖母アンヌの想いとが、わずかの腕の動き、手、顔の向き等で表されていると、詳しい説明で知って驚いた。聖アンヌの膝の上に腰かけている聖母マリアには、娘としての甘えや安心感と、母としての愛情や不安とが見事に表現されている。そして、二人を見守る聖アンヌの微笑み。ダ=ヴィンチの偉大さは、他のどの模倣もこの霊妙不可思議な微笑みを描き写せなかったことでわかる。
修復の結果、一番に目をみはらされるのは、聖母の衣の明るく爽やかな青の美しさだろう。 主にニスを除く作業は、発明家でもあった作者の使用する特殊な絵の具の為に困難を極めたそうである。
同行した美術系出身の友人が、才能と根気さえあれば、美術修復の仕事に就いてみたかったと言っていた。確かに地味だが、過去の遺産を未来に繋げる有意義な素晴らしい職業だ。以前、伊太利亜映画で、60年代の革命活動家として投獄された母を持つ娘が、大聖堂の壁画修復の一員として働いている場面があった。母親自身も、実は古典音楽を愛しバッハを演奏する一面を持つ。ふと、何故娘が、美術修復の学生に設定されていたか、わかったような気がした。
一方、幼い洗礼者ヨハネを加えた構図は、作者にとり随分魅力的だったのだろう。ほぼ同じ大きさの下図作品『聖アンヌ、聖母と洗礼者ヨハネに祝福を与えるイエス』が、倫敦から出品されていた。ルーヴルの『聖アンヌ』も、実は未完ではないかという議論がある。既に下絵として完成の域にあるこちらの作品が、もし油絵として制作されていたら、別の『聖母子と聖アンヌ』が生まれていた事になる。膨大な量の下絵、習作を見ると、傑作は、一朝にしては生まれないと、つくづく思った。
ところで、例によって猫。意外や、巨匠ダ=ヴィンチも猫を描いていた。聖母の膝の上の幼児基督に抱かれた猫。ごく小さな素描が二枚。彼の筆になると、抱かれた腕をほどこうとする猫の 突っ張った腕のしなやかさ、柔らかさは勿論、我が儘で可愛い鳴き声まで聞こえてくるような気がする。

祭日の朝の並木のマロニエに白き初花見る人もなく

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ありがとうございます

こんにちは
真心子です。
いつも、ご愛読ありがとうございます。
マミーちゃんが、ブログ更新をなかなかできなかった三月にも、訪問してくださった方達がいらしたようで、真心子もマミーちゃんも、驚くやら、申し訳ないやらーーー。どうもありがとうございました。
感謝の気持ちで一杯です。
マミーちゃんは、また拙い文章でいろいろ書きたい事がたくさんあるといっています。
勿論、真心子の近況や,天子猫亜子ちゃんの思い出も綴って行くそうです。
これからも宜しく御願いいたします。

マミーちゃんのお膝の上に乗れるようになった真心子より
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桐の葉も

Author:桐の葉も
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