『抱っこ猫真心子ちゃん』

真心子(まここ)ちゃん
真心子(まここ)ちゃん 
抱っこしましょう

マミーの
お肩が大好きよ
マミーの
腕の中は安心よ
マミーの
ほっぺはいい匂い

真心子(まここ)ちゃんは、
今年で、もう五歳
ふわふわ
灰色猫さんです。

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抱っこ猫

天使猫亜子ちゃんは、自分で私の膝の上に跳び乗るとゴロゴロ、ゴロゴロ喉を鳴らして、動かなくなってしまった。5キロあったから大きくて重たい筈なのに、上手に丸く納まって、不思議に気にならなかった。
孫猫真心子ちゃんは、寧ろ抱っこ猫。膝の上では、居心地が悪いのか、この春以来、数回乗りに来るが、やがて降りてしまう。
そのかわり、立ったまま、ふっと抱き上げると大ご機嫌。喉を鳴らし出す。ちょうど赤ん坊のように、肩に手をかけて、周囲を見回す。額を擦り付ける。 少し身体を揺すってやると、ますます嬉しそう。そのまま、家の中を散歩する。
昔、抱っこちゃんという黒人の女の子のお人形があった。ゴムで出来ていたのだろうか。よく覚えていないが、ごく軽かったらしい。少し年上の女の子達が腕につかまらせていた。それにも、似ている。
私が生まれた頃は、抱き癖をつけないよう、厳しい教育が流行ったそうである。初めての子であったから、母もそれに従った。「聞き分けのいい子で、殆ど泣かなかったのにーーー。可哀想な事をした。」と。しかし、小柄で脚の悪い母には、赤ちゃんを抱く事も、容易ではなかったのだろう。
確かに、父母に抱かれた記憶が殆どない。こちらに来て、道で見掛ける親子をみて気付いた。体格の差が大きい。 見上げるような父親はもちろん、力強い母親は、もう乳児とはいえないくらいの子供でも、 ひょいと抱きかかえている。
ローラン=バルトは、生まれる前に父親を喪った。小さな時、遊び仲間に溝の中に置き去りにされ、泣き叫んでいると母親が、駆けつけ救ってくれた。その印象が、一生残っていたらしい。もう相当大きな子供となった彼を抱えて立っている母親の写真もある。イングリット=バーグマンに通じる面影の女性だったそうである。
子供のいない私には、母子の関係は、半分謎のままに終わるのだろう。
床に降ろされた真心子ちゃんは、今度はアルミの玉で、遊びだした。

雨がちの春すぎゆきぬ塀越しに藤の花房咲きそろひけり

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『イギリス文学史』斎藤勇

『くまのプーさん』を初め、『ナルニア国物語』『まぼろしの白馬』等、このブログにとりあげただけでも、子供時代には、英国文学のお世話になった。ところが、中学、高校と本格的に英語をならうようになってからは、むしろ独逸露西亜文学が中心となった。ヘッセ、カロッサ、シュニッツラー、ツルゲーネフ、ドストエフスキーなどの名は、今でも、思春期特有の、水浅葱色の空を思わせる、澄んだ柔らかな時間を蘇えらせる。それなのにーーー。
何故だろう?
受験勉強と、本来楽しめる筈の副読本の選択のためかもしれない。試験用に『イーノック=アーデン』と『人間の絆』に向かっていた時の、暗く冷え冷えした気持ちは、今も忘れられない。
斎藤勇『イギリス文学史』を読み、三十年以上経ってやっと納得した。普通でも十代の少年少女に面白い小説とは思えない。まして受験用ではーーー。
この他、この大部の著書のおかげで、判った事がたくさんある。本来は、著者が教鞭をとっていた東大の講義用。大きな活字で、原文引用のため横組で、読みやすい。 要を得て、簡潔だが、ヴェオウルフから二十世紀までの英国文学史を『自由と法則との消長交錯』から捉えるという一本筋が通っているため、単なる通史に終わっていない。
時代別の各章には、歴史背景、主な思想の流れや文学の傾向が、まず説明され、そこから具体的な個々の作家論に入って行く。
ディズニーの漫画(『アーサー王物語』)や映画(『アイヴァンフォー』)、オペラ『湖上の美女』)等、文学作品として実際に読まずに親しんでいた作品の位置付けができた。 古典とのみ思っていたシェークスピアも、演劇史における、その斬新さが納得できた。 漠然と聞いていた英国詩の重要さ、奥の深さ、日本語訳だけで読んでいたのでは伝わって来ない魅力が説明されていた。ワーズワースとコルリッジ、キーツ、バイロン等、名前は知っていても馴染みのなかった詩人達である。
著者は敬虔な新教徒であったそうだが、それだけに宗教面に対しては周到な記述がなされている。 新教徒、清教徒、国教徒のそれぞれの作家の特色や傾向も、初めて知った。
また、記述は総体に偏向なく、公正を極めているが、極稀に著者の好みが伺われる所もある。肖像の入っているサミュエル=ジョンソンには、 その敬愛の度が知られる。反対にオスカー=ワイルドやロレンスへは批判的である。もっとも、彼らは一部の文学者達に異常に礼賛されていたのかもしれない。それに慣れていた私も、最初はちょっと戸惑いをおぼえた。女流では、全く傾向の異なったジェーン=オースチンとヴァージニア=ウルフを共に認めている。両者を好きな私も何だか嬉しかった。
最後に、二十世紀の児童文学にも触れていた.
何度も校正を重ね、文献資料も索引も行き届き、学究の徒としての真摯な姿に尊敬の念を抱かずにはいられない。

時は春日はあしたとて口ずさみ三つ編み長き日々遠きかな

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A小母さんと織物


「A小母さんの夢だったのよ。」
ふっと、水底から小さな泡が一つ浮き上がって来るように、母が呟いた。
先日、日本祭に行ったおり求めた、東北大震災の避難所で八十歳の翁の手になると言う織物の話。
国際電話の向こうの母の顔は、わからない。最近疲れやすくなっているようだから、軽く目を閉じているのかもしれない。母も八十を越えている。
着物好きの私達母娘は、染織や織物に関心がある。昔、母は半襟を染めていた。化学染料であったが、ごく薄く茜色や樺色、碧に染めた布が、藤の絡まる露台の物干で、風に翻っていた。
「中年過ぎると、真っ白い襟元は、顔がきつく見えすぎるみたいでねーーー。」
自他ともに美人を認めていた母が、そんな事をいうのも珍しく可笑しかった。
私がまだ母と京都に住んでいた頃、二人で古代の植物染料を再現した展覧会に行った事は、忘れてしまっている。それなのに、三十年以上も前に亡くなった A小母さんの思い出は、記憶を手繰るというのではない、寧ろ暗く静かな水面に小さな泡は一つ、また一つと浮き上がってくるように語り続ける。
「田舎の方の狭い家に機を置いてね、先生に習っていたのよ」
A小母さんは、母の女学校時代からの親友。生涯独身で聾唖学校の寮母をしていたから、薄給の身で機が買えるようになったのは、お華の先生をして副収入があるようになった最晩年だろう。生来器用で手芸が好きだった。特に細くきっちり編んだレース編が得意だったから、経(たていと)と緯(よこいと)が、正確に交差する織物に惹かれたのかもしれない。
「本当に好きだったのよ」
鶴のように痩せた小母さんが,細い脚や腕を規則正しく動かして、カッタンカッタン、織っている様子が目に浮かぶ。『鶴の恩返し』は、悲しすぎて嫌いだが、小母さんも、生涯あまり可愛がってくれなかった実母や弟妹に貢ぎ続けていた。
「まだまだ、やりたいことはあったのにーーー。」
五十歳にも満たなかった。胃癌だった。
生真面目で曲がった事が大嫌い。少し頑固で、しかし、心の底まで誠実で、他の人を労っては、自分が苦労を背負っていた。そういう人は、何故早く逝ってしまうのだろう。
「あんなに優しい人はいなかった。」
小母さんの話は、いつも此処におちつく。
「生きていたら、今頃、私のための着物を沢山、織ってくれたかもしれないわね」
故意に明るく言ってみる。
「そうね」
母の声は、小さい。多分、目を閉じているのだろう。黙って泣いているのかもしれない。

さみどりの辛夷の若葉に白き花散り残りてや春雨の朝

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『蒙古、二つの時代の間、1912−1913年』展アルベルト=カーン庭園

仏蘭西の俚諺に『四月は、糸一本脱ぐな』とある。実際、初夏を思わせた三月の陽気に続いて、今月は、急に気温が下がった。
植物が一番敏感に反応するのだろう。染井吉野は、おずおずと新芽を覗かせるばかり。びっしりと花弁の重なった満開の八重桜は、時が止まったよう。それが、此処数日の強風に散り、拭き寄せられ、薄紅の波となっている。
アルベルト=カーン庭園は、椿と躑躅とが同時に花盛りを迎えた。艶やかな葉に囲まれた背の高い椿の赤や白の大輪の花と、足元の橙色、朱色、紫の小さな躑躅が妍を競っている。
初めて『蒙古 1912−1913年』写真展に来た時には、花といえば、英国式庭園の黄色い喇叭水仙だけであった。友人でもある解説員の案内で見学した。彼女自身、既に何度もモンゴルを訪れている。体験に基づく説明は、興味深かった。
私も、高校生の時は、西域考古学者になりたかった。井上靖の小説や、へディンや岩村忍の著作で、広大な砂漠や緑の草原に憧れた。受験と家庭不和で逼塞したような思春期だったから、広々とした世界を夢見たのかもしれない。しかし、探検中は入浴できないかもしれないと気付いて、夢はあえなく破れた。
数年前続けて現代の蒙古を主題とした映画を観た。『泣いている駱駝の話』『蒙古の黄色い犬』。蒙古生まれの女流監督バーンの作品。美しい自然と細やかな人情、全編に溢れる生きとし生きるものへの優しい眼差しが、忘れがたい。再び蒙古への憧れが蘇ってきた。
前回の説明を思い出しながら一人で見る。
72枚の写真と、数点の発掘物がゆったりと空間をとって展示されている。
20世紀初め、蒙古には、中国人露西亜人も混在し、複雑な政治状況にあった。1911年、辛亥革命、1913年内蒙古独立運動勃発、1917年露西亜革命と激動の時代。探検隊露西亜と仏蘭西の国旗を掲げていたので、暗殺を免れたかもしれないという挿話もある。その狭間の内外蒙古人の生活ぶりを示す、貴重な資料である。
私には彼らと自然の繋がりが、一番興味深かった。聖なる木への信仰、永遠へ魂を運ぶ動物が鹿から馬へと変化したらしい事、道祖神にも似た土地の霊への仏教伝来以前の信仰(三回廻って石を積み重ねていく)、地面を痛めない為,恐らく虫を殺さない為に先の上がった靴。殺生を償いながらでなけでば、狩りをしない猟師達。彼らの住まいであるユルトは、頂上と地面近くに隙間があり、空の霊と常に交流している。 人間の三倍の動物達が住む土地。 家畜の群は放牧されている。「うちの馬達を見なかったかい」といって、探しまわる話には、映画でみた老人達のゆったりとした様子がおもいだされる。 展示写真には、馬や犬達があちこちに顔をだしている。最後近く、静かに坐る白い馬は、どのような一生を終えたのだろう。
ポスターにもなった緑の草原に坐る二人の僧の眺めるウランバートルは、もはや昔日の面影はない。
僅か百年しかたっていないというのにーーー。
画一的な近代化の波、欧米からの一方的な価値観が、はたして幸せをもたらすものだろうか?
アルベルト=カーンが、世界各地へ写真撮影隊を派遣した理由は、単純ではなかったのかもしれない。しかし,彼の意図はともかく、これらの資料は、他の民族固有の伝統や文化、風習、習慣、宗教等を尊重し、彼らを自分たちの利益の為に利用しないことの大切さを如実に示しているような気がする。

今もなお犬の遠吠え響くらむ銀の星降る草原の夜

『スーホーの白い馬』という絵本があります。悲しいけれど、美しい話です。

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