『従兄弟G***』(三)

(承前)
地方では、公証人が重要な役割を果たす。結婚、離婚、不動産売買や遺産相続の記録が主な仕事だからだ。『従兄弟G***』の遺産分配が、A町の公証人事務所で行われたことがわかったので、その資料を昨年夏の終わりに公証人B先生に依頼した。(前述)
冬の間、30枚近い手書きの資料が巴里に送られてきた。
それによると、『従兄弟G***』ことオーガスト=エミール G***(何やら立派な名前だ。)は、1846年2月26日ロワレ県B***で生まれ、1931年7月8日20時にクレールモンフェランの自宅で亡くなった。享年85歳。両親は、ジャン=ピエール G***とマルガリータ=ヴィルジニー P***。二人は1844年2月27日に結婚している(日本では、江戸時代の末)。
但し、『従兄弟G***』と、その相続人の一人となったM氏の祖母マリー、より正確には、その母親(旧姓G***)の関係は、まだわからない。G***というのは、非常に稀な苗字であるらしい。マリーの生家のあるC村にもう一人(もしくは二人)G ***氏がいて、彼はスザンヌ=V***と結婚している。スザンヌは、マリーの祖母の名前でもある。同一人物だろうか?このG***氏とジャン=ピエールG***の繋がりが判れば、よいがーーー。
細かい字で隙間無く書いてある資料を読み解くには、時間がかかりそうだが、もう一つ眺めていても楽しい資料もある。
田舎の家の書棚に見つけた写真帳。厚手の本かと見まごうばかりに、大きく豪華。金の唐草模様の入った革の表紙、留め金付き、見返りも金の入った装飾紙。全部で十六枚の頁は、金で縁取られ、袋状になっている。 窓が開けてあり、写真を差し込むようになっている。一頁に大型なら一枚、小型なら二枚。あまり多くは収納できない。全部で三十枚ほど。
「これは、『従兄弟G***』からに違いない」と、M氏。
中の一枚は、おそらく二十代の彼だろう。山犬のように膨らませた髪の毛、眼光鋭く剣呑といっていい表情をしている。
主に中上流階級らしい紳士淑女の肖像写真、芝居めいた扮装をしているものもある。
ただし、明らかに農村の人々と判る写真も入っている。大都会で芸術家仲間と交際しながらも、根は、ロワール河周辺の田舎にあった、彼の二つの世界を示しているようだ。
今夏も、この風変わりな美術蒐集家の足跡を少しづつ、調べるのを楽しみにしている。

夏の日は暮れず暮れずみ薄藍にはたと消えたりかの白き蝶

にゃんわんプロジェクトへ


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村





朝市へ(四)

その後、オ***氏は、新しい屋内プールにも時々、来ていた。泳ぐというよりも、ゆったり仰向けになって浮いていた。プール仲間達と、元気におしゃべりをしていた。
暫く見掛けなくなったと思ったら、手術を受けたり、奥さんが亡くなったり、いろいろあったらしい。
「オ***氏、どうしているかな」
ある土曜日の朝、市場の人混みを歩きながら、M氏が、呟いた。
十一歳年長の知人の身が、案じられるらしい。
「そうねーーー」
と、何気なく横の肉屋を見た。
陽に焼けて、背筋のしゃきっとした老人が、お金をはらっている。
顔をくしゃくしゃにして、笑っている。
あっ、オ***氏。
何故、それまで市場で、出会わなかったのだろう。
氏は、いつもほぼ決まった時間に決まった店で買い物をしているらしいのに。
多分、 私達が、以前よりも、少し早く市に来るようになったためだろう。 本屋の前のチーズ屋さんでクリーム状のチーズを沢山買おうと、M氏も土曜日の朝は、早起きとなった。
以後、しばしば朝市で顔を会わせていた。

「後で、お肉やさんに聞いてみましょうか?」
野菜を買う為に並びながら、周囲を見回しているM氏を慰める。
悪い知らせの場合の反応も、気がかりだがーーー。
「ルシオン地方の赤、美味しい杏だよ」
売り手の声に振り向いた。
私達の列の前で、陽に焼けて背筋をしゃきっと老人が、お金をはらっている。
あっ、オ***氏。
急いで側に寄って行ったM氏も、オ***氏も、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
94歳と83歳の二人は、この夏もまた朝市で、会う事ができた。

ところで、『クラナッハ』の図録。結局午後,再び本屋に寄って、『マネ』と一緒に購入した。

白猫の 寝息うかがう 夏の朝

にゃんわんプロジェクトへ


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村


朝市へ (三)

もう十年程前。A町のプールは、まだ屋外で、運動公園の西南の一隅にあった。
ほぼ毎日、私は泳ぎ、M氏は、辺りを散策するか、木陰で本を読んでいた。
ある日、帰りの車の中で、「父を知っている人が、よく泳ぎにくるそうだよ。誰だろう|と,首を傾げていた。
M氏の父親が、この町で仕事をしていたのは、1936年まで。年齢を逆算するとーーー。
水泳監督のF氏の話。そのオ***氏は、町役場を引退して随分になり、首が悪いので、いつも背泳ぎをしている。
思い当たらない。
「泳いでいるときは、あまり回りを見ないものーーー」
オ***は、A町には多い苗字である。
その後、どういう事情で、オ***氏と知り合えたか,よく思い出せない。昔の日記を,読み直せば,書いてあるのかもしれないけれど。
ともかく、プールがきっかけだった。
背泳ぎをする老人に私が,声をかけたのだろうか?あまり、ありそうにない。
老人のほうから、声をかけてくれたのかもしれない。毎日泳ぐ亜細亜人は、少ないし、オ***氏の開放的な性格からすると、この方が,可能性がありそうだ。
それとも、水泳監督が、オ***氏をM氏か私に紹介してくれたのか。
ともかく、今に残る最初の印象は、大柄なM氏が、かがみ込むようにして話している白髪の老人の姿である。
老人は、中肉中背ながら背筋がしゃきっと伸び、陽に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
その時の二人の会話は、大体想像できる。
「父の事を覚えていてくださって、本当に嬉しいですよ」
M氏は、大の父親っ子である。
「私も、お会い出来て嬉しいですよ。貴方のお父さんは、優しくて、皆大好きでした。それに、とても風采が立派で。貴方も背がお高いがーーー」
M氏の父親F***は、美男で有名だった。口髭を蓄えた若い頃の写真は、モーパッサンの「ベラミ、美しき男友達」を思わせる。商工業者からの収税が職務であったが、いつも便宜を計ってあげていたので、人気があった。それでいて仕事熱心だったから、信頼も篤かった。
「父は、私よりずっと細かったです、それに、私は母親似でーーー、残念ながら。父は、家でも優しい人でしたね。怒られたことなど、一度もなかったです。ところで、失礼ですが、お幾つで」
「八十を越えましたよ」
「まさか。」
オ***氏は、ほんの少年の時から,町役場で働いていたのだろう。当時は、小学校をでると働く子供も多かった。それに、F***は、南仏に転勤後も、 M氏が、祖母と夏休みを過ごす、妻の生家のあるこのA町には、時々来ていた.また戦時中は、疎開しにきていた。
従って、1936年以降も、オ***氏が、F***と逢う機会は、何度かあったのだろう。
それにしても、その後顔を会わせる度に、矍鑠たる老人の記憶力に私達は、感嘆せずにはいられなかった。
続く

麦秋やむしろのどけき真昼の陽


にゃんわんプロジェクトへ


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村

朝市へ (二)

(承前)
一週間後。
前回、いつものチーズ屋さんで、山羊のチーズを買いそこねたM氏は、再び張り切って、A町の目抜き通りの緩い坂を下って行く。
町で唯一の本屋さんの前に、カーボーイ帽子を被ったチーズ屋さんの姿が見える。既に人が並んでいる。
向かい合って、本屋さんも、売り台を出していた.日刊紙の土曜特集を買うと、新聞社発行の展覧会の図録を二冊くれるという。『ルノワール』『マネ』『ターナー』『クラナッハ』『ロマノフ王朝』の内。新聞には、興味ないが、図録は欲しいので、購入する。
迷った末、まず『ロマノフ王朝』。もともと露西亜は大好きだし、少年皇太子が、猫を抱きかかえ、その膝に毛の長い犬が両手をかけている写真に惹かれた。『ターナー』は、グラン=パレの展覧会も印象深いし、秋に倫敦に行くので。
しかし,野菜や果物の露店の並ぶ広場に向かい出してすぐに、M氏が
「クラナッハも面白いよ。ルターは、独逸神秘主義の影響をうけているらしいしーーー」
とつおいつ迷いに迷って決めて、すぐにまた後悔するのは、私の癖だけれどーーー。そういえば、この冬、土方定一の「ドイツ ルネサンスの画家たち」を読んで、おもしろかったーーー。
とりあえず、野菜を買う為に並ぶ。朝市は,並ばなければいけない。これほどの人が、どこから来るのかと思う程の賑わいだ。其処此処で、顔見知りが挨拶をかわしている。
「オ**氏は、どうしたかな」
M氏が、周囲を見回している。オ**氏は、町役場に勤めていた頃、M氏の父親を知っていた。        

朝ぼらけ低い家並の電線に羽よせあわせる二羽の山鳩

にゃんわんプロジェクトへ


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村



朝市へ (一)

七月十四日は、A町名物フランス=スコットランド祭。その為、常の朝市は、目抜き通りと市の広場をスコットランド系の行商に譲り、町外れの駐車場に移動した。とはいえ、実は,道路一筋隔てただけ。広い駐車場にカラヴァン車や小型トラックを並べた露店は、狭い街中より一層縁日の趣がある。
ためらいがちとはいえ、久しぶりの青空に、なかなかの人出。売り手も買い手も機嫌良さそう。
例によって山羊のチーズを買うと張り切るM氏。一巡しても、いつものチーズ屋さんが,見つからなかった。「もしかしたら、来ていないのかもーーー」
通りかかった町の係員に尋ねる。
「ああ、彼は今日、いませんよ」
場所が変わったのが、嫌だったのかもしれない。
長年、オーストラリアに住み、音楽好きでモーツアルトを聞きながら、トラクターを運転し、農家を改良した自宅の一室にグランドピアノを置いて,音楽会を催し、庭にモンゴルの天幕をはり、民宿を経営する。日本からのチーズ製造の研修者を受け入れ、輸出もしている。
なかなか個性的なチーズ屋さんだから。
仕方が無い。別のお店で買う。
帰りがけ、聞き慣れた声のする方を見ると、ご近所のG夫人。小柄で小太り、血色のよい丸顔が瓜二つの末娘と、一緒にいる。 G夫人は、綺麗に染めた薄茶色の髪と同系色の刺繍入りの上着に、薄茶色のスカート。茶色の硝子玉の首飾りをしている。
元気よく話す姿は、83歳には見えない。
野菜を選んでいるらしい。畑仕事が上手だったG氏の生前は、野菜はいつも自前で、買った事などなかったそうだがーーー。
「昨日は、どうも」と、M氏。G夫人が、朝市の場所が変わった事を教えてくれたからだ。
賑やかに私達と挨拶を交わした後、また知人に出会ったらしく、二、三人と立ち話をしているG夫人を見て,ふとアンディマンシェ(endimanché 晴れ着を着ているる)という、ちょっと古風な言葉を思い出した。
「そうだね、モーパッサンやフローベルの世界のようだね」と、M氏。
綺麗に着飾った夫人は、娘さんとお墓参りに行ったのかもしれない。
七月十四日は、G氏の祥月命日にもあたる。       続く

電線の 燕の影も 濃きあした 

にゃんわんプロジェクトへ


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村



Profil

桐の葉も

Author:桐の葉も
Bienvenu à FC2 Blog !

Derniers articles
Archives mensuelles
Catégories
Recherche
Lien