今朝の陽射し

二年前、亜子ちゃんが天使猫となった最初の朝は、暗く寒かった。
今朝は、快晴とはいかないが、薄い雲の間から陽が差しているらしい。窓の幄を開けると、目の前の教会の鐘楼の卵色の壁が、金色を帯びて光っていた。丸屋根の縁の飾りや、それを支える柱のギリシア風の柱頭の影がくっきりと、映っている。亜子ちゃんが、窓辺で毎日眺めていたこの鐘楼が、多少ビザンチン様式らしいと、今更ながら気が付いた。光のくる東の空の底には、うっすらと紅が残っているから、今日も時雨れるのかもしれない。
二年間、長かったのだろうか、短かったのだろうか。
あの朝、一生この小さな黒白猫を忘れないと決めた。人生半ばをすぎ、平均寿命を生きても一万数千日。その間毎日亜子ちゃんに話しかけ、亜子ちゃんを想い続けることは、できるのではないかと。
十七歳四ヶ月生きた猫を毎日想う事ができるのは、たとえ晩年は病気であっても、あのしなやかな手触り同様暖かく柔らかな思い出が多いからだろう。反対に、子供時代からの猫達の思い出の多くには、崩壊していった暗い家庭の記憶が、まつわりついている。そのため、強いて記憶の底に沈めて生きて来た。これから、少しずつでも、思い出す勇気がでてくるだろうか?それでなければ、辛い日々を助けてくれた猫達に申し訳ないだろう。
忘れない事は、祈りにも通じるのかもしれない。
とんと、音をさせて真心子が机の上に乗って来た。亜子ちゃんと過ごした日々があるから、こうして真心子とも生きている。

照り曇り朝の陽射しに白壁の紅葉の色もうつりゆくまま

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『春の数えかた』(日高敏隆著)

この詩的な題の随筆集は、巻頭『春を探しに』で始まり、『春の数え方』で終る。動物行動学者日高敏隆氏の文章には、新潮社の出版雑誌『波』で、接していた。ちなみに、長年その高潔な雰囲気を失わない岩波出版の『図書』に比べ、『波』は、やや通俗化した嫌いがある。その中で、日高氏の文章は、科学的根拠のある内容を平易に、しかも詩情豊かに語っていた。昆虫を初め身近な小さな生き物達の話となれば、やはり環境問題社会問題にも触れざるを得ない。その点、著者の人間観察や、「人里」論も興味深い。
しかし、なんといっても、やはりこの夏、田舎の家の庭でみかけた蝶や蛾の話が面白かった。昆虫が、いかに深く植物や気象とかかわり合い、幼虫からさなぎになるまで、さなぎから成虫になるまで、その複雑かつ合理的な仕組みに驚かざるをえない。来年は蝶々のために、花を沢山育てたいと思っていたが、まず成虫が産卵し幼虫が食べる植物も必要らしいと、教えられた。そういえば, 揚羽蝶を見掛けなくて、寂しかった。枸橘や山椒の木に育つと言う。山椒は以前から、植えてみたかったのだけれど。紋白蝶を沢山みかけたが、油菜科の花を植えたらもっと増えてくれるかもしれない。もっともその紋白蝶によくにているというウスバツバメ、庭の桜の樹の葉が丸まっているのは、その繭のためだろうか?夜、開け放した窓から何故沢山の虫が入って来て、電球の管の間にはいってしまうのかも、わかった。魚とペンギンと海豚の泳ぎ方の違いの理由も初めて知った。カマキリは、仏蘭西にもいる筈だ。卵を生んでいれば、今年の冬の積雪が予想できたそうだから、残念だった。等等、次から次へと知らなかった事、疑問に思っていたことが出て来て、地下鉄の中でも、思わず『ほ〜っ』とか、『へ〜っ』とか、呟いてしまう。 随所にちりばめられたユーモア。『リンシ学会』には、思わず吹き出した。
そして、田舎の村の我が家の「なにげない」、あまり手入れの行き届いていない庭にも、それゆえに、たくさんの命がいきているのだろうと、嬉しくなった。 この本は、学校の理科の先生や、子供達と自然との触合いに従事している人々には是非薦めたい。もっとも、そういう人達は、とうに日高先生の愛読者なのかもしれない。著者には「ネコはどうしてわがままか」という本もある。次回の楽しみにしよう。

秋冷や小さき命を紡ぐ野辺

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猫と看護

夏休み前から具合の悪かったインターネット。ついに、日に数度不通となってしまった。先日朝早く、予約しておいた修理屋さんが来てくれた。インターネットの器械を調べたり、梯子に乗って、廊下の電話線の取り込み口を調べたりしている。真心子ちゃんは、全く動じず、窓辺で寝そべったり、ご飯を食べに修理屋さんの脇をすり抜けてお台所に行ったりしている。亜子ちゃんは、家の中に知らない人が来ると、よく興味津々という顔で、でも離れてじっと観ていたのに。そのうち、背の高い修理屋さんが、かがんで、ピアノの脇にある電話の接続を調べ始めた。頭が、ちょうど鍵盤の蓋を閉めたところくらいにある。真心子ちゃん、何を思ったのか、その蓋の上を、とことこっと歩いて、端までくると、修理屋さんの頭を舐めてしまった。修理屋さん、若いけれど、水泳選手のように、禿頭。
「びっくりしたーーー」
飛び上がった修理屋さんと顔を見合わせた真心子、また、慌てもせずにとことこ、元の窓際に戻って来た。
この話を、その夜、緊急病棟に運び込まれたM氏にする。真夜中の大病院の緊急患者は、思いがけない程多く、廊下には三台寝台が並んでいた。一つの検査が終わると、次の検査まで、随分待たされる。待ち草臥れて、不機嫌な顔をしていたM氏も、破顔一笑。
「嗚呼,真心子は、いい子だなあ」
幸い、自宅療養となったM氏は、毎夕看護士の訪問を受ける事になった。注射の為である。
「フェビウスもね、好奇心旺盛だよ。」
最初の晩、M氏が、嬉しそうに報告してくれた。看護士さんが仕事をする側に来てみていたそうである。
「善い看護士さんでね。怒らなかった。」
トロカデロ公園の外猫だったフェビウスは、人見知りをするようなしないようなーー。ともかく、フェビウスが、側にいてくれた御陰で、注射嫌いのM氏も、怖がる間もなかったらしい。
「フェビウスのためにも、長生きしないとね。」
安楽椅子に休むM氏に頭を擦り付けては、逃げ去り、また戻って擦り付ける白猫のほっそりと長い尾もゆらゆら揺れている。
猫は最高の看護士かもしれない。

坂道の垣根の赤い実熟れ行けば枝隠れにもさえずる小鳥

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『須賀敦子を読む』(湯川豊)ニ

(承前)

渡仏前だから、もう四半世紀が過ぎてしまった。その頃、母と私は、洛北の池の畔に暮らしていた。ある日、犬の散歩のおりだったろうか、池の反対側に住む初老、つまり今の私の年代の婦人と言葉を交わすようになった。彼女には、私より少し年長の一人娘がいた。グレアム=グリーン論で博士論文を出し、カトリック系の女子大で教鞭をとっていた。両親は、基督教とは無縁だったのに、熱心な信者となり、カルメル会に入ってしまった。
「いろんな人に好かれて、結婚のお話も多かったのにーーー。」
一頃留学を希望していたけれど、手放すのが恐くて、反対した。それが却って仇となった。というようなことを、知り合って間もない私に、独り言のように語り続けた。多分、留学が決まっていた私に、娘さんを重ね合わせたのだろう。写真を見せてくれた。愛くるしい丸顔だが、切れ長の瞳から、理知的で清潔な印象を受けた。
母が、送って来た新聞の切り抜きの若い頃の須賀敦子は、どこか、この修道女となった娘さんを髣髴させた。
須賀が基督教の信者であろうことは、何となく感じていた。特に『遠い朝の本たち』のしげちゃんの下りに、並々ならぬ思い入れを察し得た。しかし、今度、湯川豊によって、はっきりと基督教左派の活動家として紹介されると、秋の谷間の朝霧が晴れていくように、明確になってくるものがあった。同時に 或る集団の中に属する事から海外生活を始め、その中から個の問題を捉えて行くのと、個として異国の社会に置かれ、そこから属すべき集団を探そうするのと、二つの方向性があるらしいと、思い至った。彼女は前者で、それだけ信仰による共同体への信頼が強固だったということかもしれない。それはまた、「祈ることにかまける」道を選んだしげちゃん、そして池の畔の家の娘さんと、「コルシア書店」やエマウスの会等を通して、社会活動を行った須賀との方向性の違いと補完しあう部分があるのかもしれない。
因縁と書いたのは,今回帰国して滞在した母の現在の家が、このカルメル会に入った娘さんを持つ婦人の家のすぐ近くだったからである。(母と私が以前暮らした家は、疾うに売ってしまっている)。苗字も忘れてしまったから、今でも彼女が住んでいるのか、わからないが。

洛北の池の浮き草をかき分けて岸離れ行く親鴨仔鴨

須賀敦子を好きな理由の一つ。彼女は猫好きだったらしい。

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『須賀敦子を読む』(湯川豊)

丁度十年程前、母が結核を患った。七十を越えていたので、最初は手遅れかと、危ぶまれたが、幸い、略一年に渡る療養生活で、退院できた。入院中は、何度か日本に帰った。当時母の住んでいた家から、山間の病院まで、バスや電車を乗り継いで、二時間ほどはかかったろうか。病院でも、母は、薬のためかうつらうつらしていることが多く、その「痩せ女」を思わせる寝顔を眺めて、再び留守宅へ。往復の交通機関、母の枕元、独りの夜等、本を読んで過ごした。相変らず増え続けていた母の蔵書から、取り出しては、読みふけった。ともすれば、暗くなりがちな思いを払うためだったのかもしれない。その中には、それまで全くしらなかった歌人岡麓の伝記(『山々の雨』秋山加代著)もあった。気分の善い時の母に、感動した由を言うと、「お母ちゃんの選ぶ本は、なかなかいいでしょう」と、嬉しそうに笑った。
それで、今回も入院中の母を見舞う予定で帰国したので、読書三昧になると思っていた。豈、はからむや。現在の母の留守宅から、病院までは歩いて十分。母も、会話を充分楽しんでくれるので、おしゃべりに花が咲く。
更に、目が悪くなった母の書棚には本は少なかった。少ないが、やはり心に残る本があった。
『須賀敦子を読む』(湯浅豊著)。須賀敦子自体、母が教えてくれた文筆家である。「きっと、好きになると思って」と。何冊か著書を、送ってくれた。好きになった。とても好きになった。
須賀敦子の作品出版と深い関わりをもった編集者による彼女の文業の意味を明らかにしようとする本書を読むと、幾度でも彼女の著書を読み直したくなる。
それとともに、ある因縁に思い至った。
(続く)

贈られし紫苑一束帰り道

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