近頃の真心子ちゃん

近頃孫猫真心子のすることが、段々天子猫亜子ちゃんに似て来た。
外出から帰って来ると、扉の後ろで待っている。
机に向かっていると、ポンと飛び乗ってきて、いかにも用事ありげに側で見ている。
夜、寝床に入ると、いそいそと枕元に来る。もう、前のように寝台の脇を迂回しない。布団の上から体を踏みつけて、まっすぐ私の顔をめがけて来る。
もちろん、亜子ちゃんとは微妙に違う。
扉が開くと、真心子は少し廊下を部屋の方に戻り、どてんと横倒しにお腹をだしてごろりごろり。亜子ちゃんは、あまりお腹を出さなかったし、仰向けでもじっとしていた。
机の上にあるのは、今はコンピューター。亜子ちゃんの頃は、ワープロ。印刷している紙が出て来るのを、眺めている写真がある。膝の上にいつまでもいた亜子ちゃんと違い、真心子は、肩の上に乗る。まず両手をかけて反対されないとわかるとよじ上って来る。背中に上半身を乗せるから、「ベル=ク 美尾」のあだ名の由来となったふさふさと長い尾が、私の鼻の前で左右にゆれている。
布団の中で、丸くなってくっついて寝るのが大好きだった亜子ちゃんに対し、真心子は、中には入って来ない。体の横か、時には胸の上で寝ている。夜中に眼が覚めて、ふっと手を伸ばして探ると、柔らかな毛が触る。しっとりとしなやかだった亜子ちゃんの毛に比べて、頼りない程細く軽い毛だ。
この毛の手入れも、大きな違い。暮れなずむ空をながめながら、窓辺に休む亜子ちゃんの毛を梳くのは。憩いの一時だった。真心子の毛は、左肩の上に乗っている時、ヴァイオリンでも弾くように、そっと櫛を当てるしかない。
今も真心子は、肩の上にいる。左耳に押し付けた暖かい体の奥から、ゴロゴロ、ゴロゴロ、音が聞こえて来る。時が経つにつれて、一層こまやかな反応を示すようになってきた真心子。
おそらくどの猫も、内には人との深い交流の可能性を秘めているのだろう。

バッハ聴き時を忘れて夕霰

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ギメ美術館の茶

延長会期の最後の日曜日、それでもギメ美術館入り口前に長蛇の列ができているのには、驚いた。「茶の歴史」に関心のある仏蘭西人がこれほどいようとはーーー。
地下の特別会場。やや異質の展示会だからだろうか。会場の外でも写真パネルで製茶法を説明したり、多種多様の葉茶を並べて、実際に見たり香りを聞いたりできるようにしている。その一角で提供される御茶を飲むのを楽しみにきた。前回は、色も香りも濃い中国茶の一種だったが、今回は淡い黄色。微かな芳香。皿の盛った暗緑色の茶の葉に矢車草や桜の花、柚が入っている。矢車草は鮮やかな青を保っている。
一応図録も買ったが、仏蘭西語の解説冊子が詳しく、役にたった。
主に中国での 茶の文化。飲茶法の発展に従った茶器、書や絵画 が展示されている。唐代の銀製の茶器などは、今も西欧で使っているのと殆ど変わらないように見える。宋代の天目茶碗や瑪瑙の台、青磁の茶碗や壷、明清代の細かな意匠の急須や茶碗等々、それぞれ美術館で見る事はあっても、こうして茶を中心に集められていると、また興味深い。同じ御茶でも、日本と中国とで、随分異なった道を歩んでいる。それぞれの美意識の違いを、あらためて感じた。
印象に残ったのは、初めて見たチベット等で茶に加える乳酪を作る器具。昔仏蘭西の農村でバターを作った器具とよく似ていた。 厳しい自然の中で、一杯の暖かい茶を啜る人々の笑顔が、髣髴とした。
最後の部屋には、デルフトやセーブル焼。東洋の茶の西洋への浸透を辿って、終った。
会場では、現代の中国系らしい御茶の飲み方が映写されていた。ヴェトナムだろうか。台湾で見た中国茶の煎れ方とも、少し違っていた。 台北で、父の住んでいた家に下宿していた娘さんは、日本語も達者で、「先生、先生」と、父を慕ってくれていた。ある日、訪台中の私に小さな盥のような容器にごく小さな急須、茶碗を並べ、とっておきの烏龍茶を煎れてくれた。お湯を随分贅沢に使うと驚いた。「日本の御茶と全くちがうね」と、父と笑い合った。多分、父が一番仕合せだった頃の、ささやかな思い出である。
帰りに常設展の中国朝鮮日本の部を、一巡する。特別展では、朝鮮についてはあまり触れていなかった。隣国の御茶の歴史も、知りたいような気がする。

雪の日の父の煎れたる一服の茶のぬくもりの今もかすかに

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『ボエーム』展

母の一番好きな歌劇はプッチーニの『ラ=ボエーム』。「最後にロドルフォが『ミミー』と叫ぶと泣きたくなるの」と、言っていた。自身の波乱に富んだ実人生とは反対の、若く貧しい二人の純愛に憧れていたのかもしれない。
すでに終ってしまったが、グラン=パレの「ボエーム展」は、いい展覧会だった。一階は、ボエーム本来の「流浪の民」としての歴史、二階が歌劇『ラ=ボエーム』に代表される巴里の芸術の徒達の周辺。カルーソンの演出で、展覧会自体に一つの舞台の趣があった。
一階には、エジプトの彫像から現代まで ボヘミアン、ジプシー等と呼ばれた人々を主題とした芸術作品。絵画が主だった。「占い師(ジョルジュ=ド=ラトール)」等著名な絵もあるが、マネやゴッホのあまり知られていない作品もあった。19世紀、モルランドの描いた野宿の人々の日常生活に惹かれた。メリメの『カルメン』は、ビゼーが歌劇化、ローランプチがバレー化している。白山羊と一緒に描かれたエスメラルダは、ユーゴー『ノートルダムのせむし男』の女主人公。ローラン=プチによってバレー化もされている。西欧芸術の源泉の一つとなった彼らに正統な地位を与えたいという企画者の意図が、理解できる。
二階には、「冷たき手を」が流れている。またリスト(彼にはジプシーの血が流れていたと言う説もあるらしい)を初め、音楽への影響も展示していた。文学ではボードレール、ランボーも精神的放浪者として名があがっていた。
印象に残ったのは、特注したのか、使い古しの画架に乗せた絵を並べた一室。貧しい画室内が主な主題だ。 例によって、猫の出て来る絵を探す。(一階にはなかった。旅から旅を続ける本来のボヘームには、猫よりも犬のほうが似合ったのだろう。) 暖炉の前に脚を投げ出して俯く青年。その脇に白い猫。失意の芸術家を慰めるのは、やはりふわふわ柔らかな毛。 作者は。26歳で亡くなっている。認められないままに死んで行った多くの芸術家、もしくは芸術家を夢見た人々が、 出入りしたシャンソニエや珈琲店も再現されていた。
出口までの短い通路は暗く狭かった。
第二次世界大戦では、多くの流浪の民が、収容所に送られ悲惨な最後を遂げている。

雨の音重く目覚し冬の朝

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ピアノ演奏会

久しぶりにピアノ演奏会に行く。此処数日の悪天候で外出できなくなった音楽好きの先輩から、券を譲られた。初めて名を聞く中国人の女性ピアノ奏者。王羽佳。「まあ、ラン=ランみたいな感じの若手かしら」。
冷え込みは厳しいけれど、雪も雨も降っていない。凱旋門広場の地下鉄の駅を出て、音楽会場へと脚を速める人達は、すぐにわかる。サル=プレイエルは、好きな会場だ。 守衛が「まだ、600席残っている。」と、当日券を買う人に説明していた。 二階バルコン左手奥席だったが、少し前の空席に移る事ができた。
照明が消えて、演奏開始の筈が、かなり待たせる。顔を見合わせている人もいる。しびれを切らした観客の拍手と共に、真紅のドレスを纏った細身の女性が現れた。曲目は、休憩を挟んで前半ドビッシー、スクリャービン、ラヴェル、後半ラフマニノフ三曲、メンデルスゾーン、リーヴェルマン。
『飛ぶ指』とあだ名されるくらい敏捷な演奏が 評判らしい。双眼鏡で指先を見ている人もいた。前の席の男の子は、自分もピアノを習っているのか、難しさがよくわかるらしく、ラヴェルのワルツでは、身を乗り出して聞き入り、終るなり「ブラボー」と、叫んでいた。
しかし、隣の初老の夫婦は、拍手も控えているようだった。休憩時間には、「機械的」という言葉も交わされていた。24歳という若さのためとも言えるが、リパッティは、33歳で逝っている。
先月読んだ小沢征爾と武満徹の対談集『音楽』は、もう四十年程前の本。対談集がおもしろいのは、当時の世相動向を如実に反映していること。話は、小沢征爾の北京訪問から始まった。当時、やっと西欧音楽の芽が伸びはじめていた中国。ブラームスを一度も演奏した事のない楽団員を指揮する喜びを、小沢が、興奮して語っている。同じ東洋人として、感慨もひとしおだったのだろう。当時の中国に比べると、現在、隔世の感がある。
もっとも王は、十四歳から米国在住。そのためか、ラヴェルのワルツには、ジャズを思わせる節さえあった。それでいて、中国というとまず思い浮かべるあの高低の激しい、時には叩き付けるような言語が終始連想された。むしろ東洋的な繊細さを期待していたのだけれどーーー。
どこか電子音のようで、若い人達には、好かれるのかもしれない。
アルゲリッチの代役で出てきたそうだ。今では独奏をしなくなってしまった花形演奏家。「もう精神的にも技術的にも独奏の重圧にたえられないのでしょう。特に若い頃、ラフマニノフ等を得意にして力で弾いていたから。」と、あるピアノ奏者が語っていた。反対に、クララ=ハスキルの演奏は年と共に深みをました。四十年後の王羽佳は、どうなっているのだろう。ゆっくり地道に成長してほしいがーーー。
会場の熱気を後にする。


小沢征爾も武満徹も嘆いていたように、音楽の商業化が懸念されて、既に久しい。

紺青の中空高く一ひらの雲の彼方の寒の月影

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プールの猫さん達 雪(二)

(承前)
脚を早める。此処で、転んではいけない。
「急ぐ時ほど、慌てない」母の言葉を、繰り返す。
作業員らしき三人は、張り紙のしてある正面扉ではない、一番脇の扉の取っ手を軽く捻って出て来る所だった。鍵もかかっていなかったらしい。皆、がっしりと小太りの白人達だ。知っている顔ではない。
出会い頭に、
「プールは閉まっているよ」
「ええ、でも泳ぎにいくのでは、ないの」
「———」
「中に猫達がいてーーー」
三人は顔を見合わせた。一瞬の沈黙。
先頭の年かさの男が苦笑して
「何も、見なかった、見なかった。扉閉めといてよ」
「どうも、ありがとうございます」
思わず最敬礼。
猫達は、すぐに飛び出て来た。 二匹とも、脇目もふらずに食べている。 カリカリ、いい音がしている。娘猫も遠慮していない。容器を移動しようと手を出すと、前足で手の甲を軽く叩きさえした。
あの三人が入れてくれたから、こうしてお腹一杯食べている。
思わず涙ぐみそうになった。そして、こういう涙は流してもいいと、流れるままにした。
翌日、プールの従業員に予備の餌を届けに行く。顔見知りがいるといいのだけれどーーー。
出て来たのは、初めて見るがっちりと太り肉の若い女性一人。眉の脇や唇の下に待ち針のようなものを挿している。世代の違いを感じる。一瞬ひるんだ。とりあえず餌を見せる。
破顔一笑。
彼女は、三匹目も時々見掛けると言っていた。

生け垣に雪残りけり北向こう

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Author:桐の葉も
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