プルースト 再び

今日は、コレージュ=ド=フランス『プルースト 1913年』アントワーヌ=コンパニョン教授の今年度最終講義。朝から雨がち。時には驟雨。「涙雨」かもしれない。それほど、寂しい。
一週間程風邪気味の83歳のM氏は、この日のために数日前から体調を整えて、出席できた。全く専門外なのに、M氏は、よく会話の中にプルーストの登場人物や場面を引用する。一番好きと言ってもいい作品らしい。氏が、初めて日本に来た頃は、仏文学者の間でさえ、プルーストはさほど知られていなかった。私自身、中村真一郎が折りにふれ二十世紀文学の最高峰と推奨していたので、興味はあったものの、実際に読み始めたのは渡仏直前。原文の魅力に触れたのは、渡仏後暫く経っていた。以来、気が向くと手にとる座右の書である。
この三月、一時暖かくなったので、イリエ=コンブレーを訪れた。今回で二度目。前回は、十数年まえだが、それほど変わってはいないだろう。春の兆しも微かな野辺や林、畑を抜け、シャルトル大聖堂を迂回する。薄蒼い空に、細い雲が棚引き、午後も半ば過ぎの静かな陽の光がたゆたっていた。
教会の周辺に小さな家々が寄り添う小さな村に着いた。レオニー小母さんの家をゆっくり見学し、近くの店でマドレーヌを買った。もっとも、草稿では最初、ビスコットだったそうだがーーー。以後、講義でコンブレーと聞くと、緩やかな坂の、狭い石畳道の、人影もまれな黄昏が、髣髴とする。
今日は、最終講義とあって、コンパニョン教授は常にもまして情熱をこめて論理を展開していく。特徴ある高めのバリトンに併せて、細く長い指が、開いたり、上がったり下がったり、横に流れたり、表情豊かに動いている。
原稿の白い紙の端をトントンと揃えて、教授が立ち上がると盛大な拍手が起った。拍手は、教授の後ろ姿が壇上から消えるまで、続いた。
私達は、残念ながら、二時間目のセミナーに出る事はできなかったが、入り口にはすでに空き席を待つ人々の列が出来ていた。
外に出ると、雨はあがり、雲の切れ間に、僅かな青空が覗いていた。

連翹の黄色たそがれ雨上がり

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『ふいごの上の猫』(クリューニー美術館)

クリューニー美術館も、巴里で好きな場所の一つ。狭くて暗く、複雑な印象があるが、内容の豊かさ、一つ一つの作品の奥の深さを思うと、まさに中世美術の宝庫。
有名な『一角獣の貴婦人』が、暫く日本に行ってしまうそうなので、お別れに行く。何時観ても、美しい。一角獣も優美だが、愛嬌のある獅子の笑っているような顔が好きだ。兎や狐や猿、貴婦人の愛犬らしい白い小型犬、皆可愛い。草花も木の実も本物そのもののようで、様式化された不思議な魅力がある。
特別展示は、ディジョンの無恐怖公ジャンの墓を飾る『嘆き悲しむ人々』の小像群。 全部で三十九体。主に聖職者達だが、頭巾を被ったり、反対に天を仰いだり、袖を眼に当てたり、聖書を開いたり、その動作表情が写実的で、今にも動き出しそうなのに、 雪花石膏の乳白色の滑らかな膚が、静かな光をたたえている。
今日は、美術関係の学生が説明をしてくれていた。いままで、ゆっくり見る事もなかった『小麦の聖母子』。 1500年前後の文藝集団が、 詩歌の競演の際に、教会に捧げた聖母子の画像。王侯貴族から囚人まで救う神の意図を実現する聖母子が、小麦畑の真ん中にいる。豊かに実った金色の小麦の穂は、初夏の光と風を髣髴させる。これまでも、何度か書いたが、数年前グラン=パレで催された『フランス1500年』は、実にいい展覧会だった。御陰で、中世末ルネッサンス直前の仏蘭西の様子がよくわかった。この絵にも、ルイ12世とアンヌ=ド=ブルターニュと推定される人物が出て来る。 文藝活動と、聖母信仰と、教会への美術作品の奉納。当時の豊かな文化活動が、若い女性の熱心な説明でよくわかった。
さて、猫。
クリューニー美術館の有名な猫は、絵葉書にもなっている壁掛けの片隅、糸玉にじゃれつく白い仔猫だが、最近は展示されていない。ところが、思いがけなくもう一匹。聖堂の椅子の裏側にいた。『ふいごの上の猫』。聖職者や教会役人が座る木の椅子の折りたたみ座席の裏側には、さまざまな彫刻が施されている。暖炉の火などに風を送るふいごの上で、猫が片足をあげて腹を舐めている。安心しきって、悠然と。この椅子を造った職人の飼い猫かもしれない。

ひっそりと桜咲き初む中つ世の館の裏の庭の入り口

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『猫とパレット』ピエール=ローザンベルク

それまで馴染みのなかったル=ナン兄弟に猫の絵があることを知ったのは、ピエール=ローザンベルク共著『猫とパレット』の御陰。大判の厚い美術書。白い表紙の中央に、雛菊やたんぽぽの綿帽子に彩られた緑の野を歩く小さな猫の縦長の絵がついている。15世紀から20世紀までの猫が登場する西欧絵画集。集められている作品は猫が主役とは、限らない。(寧ろ、脇役の方が多い)。多く見開きを使って、黒白の全体画像と猫だけ拡大した色刷り部分画像。上質の紙に写真図版の色合いも落着いていて、美しい。どこでいつ買ったのかは、覚えていないが、もう随分長く手元にある。多分、働いていた頃、ちょっと無理をして古本屋で求めたものだろう。徒然の折り、ふと屈託したり、反対に何やら心楽しい時に、適当に頁を開いては眺めている。
先日、ローザンベルク氏が、新著『フェスチ枢機卿、プーサンとミダス』の署名会をルーヴル書店で開くと知り、この本にも署名してもらえるだろうかと、行ってみた。
氏は、随分以前グラン=パレで『憂鬱』と題された不思議な展覧会の企画に参加しており、その講演会も聴きに行ったことがある。同行した美術好きの先輩は、現役時代、展覧会の企画等で、ルーヴル美術館絵画部門長の氏に大変お世話になったという。「赤い襟巻きが目印でねーーー」
今回も、書店の一角に固まっている一団の中央にいる氏は、赤い襟巻きですぐにわかった。取り巻きらしい男女が、少し離れた機会を見て、胸に抱えていた『猫とパレット』を、お見せする。
「うわあ、貴重な本だ。もう完全に絶版だ」
回りが振り向く程の、大声で叫ばれた。他の人達も近寄って来た。 「古い本でね、もう手にはいらないんだ」しげしげと、署名する氏の手元を見ていた中年の婦人が、
『猫の友達』という献辞に「貴女も、猫が好きなの?」と、微笑みかけて来た。
この日の主役『フェスチ枢機卿、プーサンとミダス』にも署名してもらう。フェスチ枢機卿も猫好きだったと、署名の脇に注をいれてくれた。
 
マロニエの 芽立ち遅げな 常の道

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ルーヴル美術館

日本人は印象派好きで知られている。オルセー美術館の長蛇の列を見ても、よくわかる。しかし、長く幅広い美術の歴史を思うと、僅か数十年の流れに観賞の対象を限ってしまうのは、惜しい気がする。
ルーヴル美術館の底知れない豊かさに触れると、益々その感を強くする。
世界でいち早く開けたエジプト、メソポタミア文化は、ほんの一部分が展示されているだけだが、遥か時空を超え、その壮麗さを偲ばせる。ギリシア、ローマにも負けないペルシア芸術。広範囲に渡るイスラム美術の多彩さ、 中世やルネッサンスの基督教美術は、一つ一つを細部まで読み解く楽しみがある。
何度訪れても、新しい発見に胸が躍る。
例えば、先日訪れた半地階。ローマ支配化のオリエント地中海部門では、棺を飾る死者の肖像画の写実性に打たれた。一人一人の個性が鮮やかに描かれている。写真などない時代。故人を偲ぶ唯一の方法だったのだろう。中には、ごく幼い子供の小さな棺もあった。
さらに奥の方.滅多に行かない中世北方の彫刻。木彫彩色だ。これは、先頃の特別展ウクライナ地方のバロック彫刻家にも通ずるが、大理石等に恵まれない地方では、周辺にある木材を使い、古典古代の作品に触れる事も稀で、周囲の人々をモデルとして作ったのだろう。有名な『マグダラのマリア』の他にも、聖書の場面等を劇的に表しts作品群が、やや暗い一室にひっそり佇んでいる。豊麗な伊太利亜の彫刻とはまた別の味わいである。
勿論、猫達のいる作品も、あちらこちらにある。
ルーヴル所蔵とは知っていたが、観た事のなかったル=ナンの『室内の農民一家』。
先日、ふと見つけた。画面ほぼ中央下の小さな白猫は、額に黒い斑があり、母の亡くなった愛猫ベルに似ている。家族とともに音楽に耳を傾けているかの、大人しく真面目な表情まで、『お利口ベーコ』を思わせる。
ピラミッドの混雑を外れると、ほとんど人のいない静かな一室で、好きなだけ作品と向かい合う事ができるのも、ルーヴルの魅力だろう。

咲き初めて咲きとどまりたり街角の辛夷寒げな弥生つごもり

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