村の発明家L氏と冷房器

ここ一週間以上猛暑が続いている。最初は、気付かなかった。田舎の家の壁は五十センチ以上。菩提樹の大木が、庭に陰を作っていてくれる。昼なお暗い階下は、涼しいくらいだった。しかし、屋根裏に続く二階は、流石に暑くなって来た。
冷房を入れる。大きな箱形、管も太く音も騒々しく、日本製とは比べ物にならない旧式だが、私にとっては、宝物だ。
もう七年以上前のこと、糖尿病を患った黒猫美実が、最後の夏暑さで苦しんでのではないか、という後悔から、翌年、30度以上が続いた八月半ば、冷房機を購入した。ところが、その晩大嵐となり、次も日からすっかり涼しくなった。結局設置もせずに一夏が過ぎてしまった。冬を巴里で越し、又の年、再び家に戻る時期が近づいて来た。
「あの冷房器、どうやって、とりつけたらいいのかしら」
M氏と私は、頭を捻っていた。
日本式のようにモーターが別にある形ではない。太い空気用の管を、外に出さなければならない。厚い壁に穴を開ける訳にはいかない。引き戸であれば、挟む方法があるらしいが、古い木枠の内開き窓。
「ちょっと、思いついた。L氏に相談してみよう。」
夏休みも迫ったある日、M氏が言った。近所で、窓硝子に穴を開けて、管を出している家を見掛けたそうである。「うちのは、遥かに太いけれどーーー」
田舎につくと、あらかじめ連絡してあったL氏が、早速見に来てくれた。暫く窓を睨んで、「外して行っていいかな。うまくできるか、試してみよう。」
数日後、L氏は改良した窓を持って来た。硝子窓の下半分を金属板にして、そこに管の排出口が切ってある。使わない時は、プラスチック板が滑り混むようになっており、押さえは、ネジで簡単に取り外しができる。
「どうかな。」見事に、管も嵌り、大きな音をたてて冷房機が作動し始めた途端,L氏は、破顔一笑。頑丈そうな歯が口髭の下に見え、丸い眼が細くなった。当時は、まだがっちりと小太りだった。色の黒さは、大工仕事や畑仕事の日焼からだった。
「これで、獣(ベット)も、安心だ。」
動物(アニマル)といわず獣と言う中に、なんとも言えない暖かさがあった。
おかげで、天使猫亜子ちゃんも、孫猫真心子も暑さ知らずとなった。
L氏夫妻も大の猫好き。十二年間一緒に暮らした猫が亡くなり、「もう飼わない、哀しすぎるから」と言っていたが、咋春、真心子によく似た黒猫を拾った。
L氏は、その猫と二度目の夏を過ごす事はできなかった。

朝まだきさえずりかわす声声も聞き分けがたく夏たける頃


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ほぼ同じーーー

A町の旧町内の一方の端は、聖マルタン教会、もう一端は、今では町役場となっているS城である。
巴里から来て町を迂回する街道と城とを繋ぐ短い小路が、カンブルナック通り。私は、巴里のかかりつけの獣医の最寄りの駅カンブロンヌと間違えては、M氏に笑われる。城壁跡に沿った掘割に懸る橋から城の入り口まで、家数にして十数軒。この通りは、A町で最も上品な一角とされていた。城のすぐ近くなので、かつては代官屋敷もあり、今でも代々の公証人の事務所がある。カンブルナックは、百年以上も前の県庁所在地Bの名医。その為か,往時町の名士の一員であった医者の家も多い。
M氏の少年時代から、町には常時三人の医者がいた。各家庭で自ずから、掛かり付けの医者が決まっていた。M氏の家では、フルニエ先生。
「祖母も罹っていました。パパイン=シロップをくれていました。癌だったのですがーーー」
M氏の一番の幼馴染み、氏が名前を呼び捨てにし、『チュ(君)』で話す数少ない相手の一人Rは、子供時代から医者をめざしていた。M氏とRともう一人、三人組は、よくフルニエ先生の二人の娘を誘っては、散歩をした。姉妹は、三人とほぼ同年輩。ただし、夜の九時半以降にならないと外出を許されていなかった。
「それって、反対ではないですか。」
「いや、フルニエ先生は、町の人に見られるのを嫌がってね。九時半以降なら、誰にも気付かれないから、夜中まででも自由でした。」
「———。」
Rは、頭のいい妹娘Jと結婚する筈だった。二人とも巴里大学の、Rは医学部、Jは薬学部に受かった。二人でフルニエ先生の後継者になる心積もりだったらしい。
ところが、Jの母親が、Rに言った。
「うちの娘は、医者なんかよりも、もっといい結婚相手が見つかるはずですよ。」
自尊心を傷つけられたRは、Jと別れた。当時M氏は、南仏にいて手紙で仔細を知らされたそうである。
ところが、後年、医者となったRが,最初の結婚の後、再婚した相手の名前が同じJ。さらに、A町の医師に空席があり、年老いた両親の為にもと、一人息子のRは,故郷に戻ってくることとなった。
陽気で腕のいいRは、たちまち町の人気医者となった。華やかで明るい年若い奥さんと居を構えたのが、 カンブルナック通りの大きな家。
「最初のRの予定とは、ちょっと違ったけれど、結果はまあ似たようなものでした。」
段々周囲が寂しくなって行く中、幼友だちが元気で居てくれて、M氏も心強いらしい。

ラヴェンダーの花柄をめぐる蝶と蜂


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幽霊と泥棒

羅馬時代、軍隊は冬期休戦し、春、軍神マルスの月を迎えて戦争を再開した。その閲兵の行われたのが『マルスの野』であった。
A 町の『マルスの野』は、旧町内から出て、我が家の裏木戸のある『マルスの野通り』と隣村の一つに向かう街道の交差点に面している。ほぼ25メートル平米の四角い芝生の広場。襷掛けに道がついている。
数年前までは、周囲の鬱蒼と茂る並木が、夏には貴重な木陰を作っていた。ある年、休暇を過ごしに戻って来ると、総て伐採され、駐車場が敷設されていた。申し訳に植えられた若木の列は、頼りなげに日盛りに萎れていた。ペタンクに興じる人達の姿もみられなくなった。
M氏の幼い頃は、広場の東側の辺に沿って櫓が組んであり,まだ村の消防隊が訓練をしていたそうである。花火も此所から上がった。
戦後、この広場に幽霊が出た。
今、私達が行き着けの薬局のある通りに映画館が出来た。人々が、映画の帰りに遅くなって『マルス広場』を通ると、しばしば白い幽霊に驚かされた。まだ街灯も無かった時代だろう。ある日、元気な若者達が幽霊を捉えた。近所の男が白い敷布を被っていたそうである。
「もっと昔、祖母も幽霊になったことがあるそうです。」
マリーおばあさまの村に、未亡人が住んでいた。他の少女達と語らって、夜など、死んだ夫の声音を真似して、話しかけたと言う。
「信じたの?」
「らしいよ」
ふと『食前の祈り』を思い出した。つましい食卓で、唯一人食前の祈りをあげる老婆と、その足元で卓の上の魚をねらっているらしい猫。その木の扉の向こうには、悪戯好きの少女達が、笑いを殺して固まっているのかもしれない。
「当時幽霊は、いたけれど泥棒はいませんでした。」
この田舎の家も長い間鍵どころか、扉や窓も無い状態で放っておかれたそうだ。
「誰でも入れました。でも、何も取られていませんでした。」
今年も、近所で二件、泥棒に入られてと、情報通のG夫人が憤慨していた。
「Lさんが、頑丈に防犯設備をしてくれなかったら、うちも危なかった」
村の発明家L氏の工夫した扉や錠や心張り棒や鉄柵やーーー。戸締まりをする度に感謝している。もう直接御礼をいうことは、できないけれど。

あららかに何ともわかたぬ音のして白雨打つ道人気なき村


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『新十八史略』(駒田信二)他

『古代支那青銅祭祀器』展に触発され、最近偶々手に入った中国史関係の本を繙く。まず『宦官物語』(寺尾善雄)。中国文化通の師が、「気持ち悪くなるかもしれないけれど」と、貸してくれた。実際、夜などは読まない方がよかった。幼帝殺しを初め陰湿残虐な権力争いを起すこの制度が、延々四千年間続き、清朝末期にもその最も過激な形の一つではびこっていたとはーーー。律令を初め中国を模倣した日本が、宦官制度を取り入れなかったのは、幸せだった。
ついで『新十八史略』全六巻。駒田信二、常石茂を初め錚々たる学者が、執筆編集に携わっている。各章が分担されているから、それぞれ個性がでているのかもしれないが、全体には中庸を守った記述で統一されていて読みやすい。神話時代から元までを取り上げている。ここでも、宦官と外戚、官人による宮廷内外の権謀術策は蓚酸を極める。さらに外敵、侵略征服等も加わり規模が大きくなっている。王朝興亡の政治史が主だが、 学校でよくとりあげる時代に挟まれた、周代や春秋戦国、南北六朝、五代十国が、詳しく説明されていてよかった。
六朝や唐代では、文学、特に漢詩も扱われていて、ほっとする。漢代からの西域、東西交流は、井上靖や岩村忍を読みふけった頃を思い出させる。
八月に三周忌を迎える夭折した猫好きブログさんが、曹操贔屓だと、書いていた。それで、特に三国時代は、興味深く読んだ。 昔読んだ子供向けの『三国志』は、すっかり忘れてしまっていた。その登場人物については、『三国志の世界』(駒田信二責任編集)。 曹操 は、読書家の彼女が好きなだけあって、文人としても優れていた そうだ。班固三兄妹、書画でおなじみの竹林の七賢などもとりあげられていた。『諸葛孔明』(植村清二)は、広く孔明の生きた時代背景を扱っていて、歴史書としても充実している。敵役 曹操父子にも筆を割いている。赤壁の戦や『三国志の世界』では、少々感情的すぎるのではないかと思った曹丕 曹植、また英雄視されやすい劉備関羽張飛についても常に中正を保つ冷静な叙述である。
歴史の残酷な面をとりあげれば、古今東西切りがない。科学の発達した現代史の方が、実は更に恐ろしいとも言える。
少なくとも中華歴朝は、その想像を絶する長い歴史の間に、多彩で豊かな文化を生み出して来た。亡父遺愛の『中国詩人選集』から『曹植』や『王安石』『蘇軾』を取り出す。彼らも、変転きわまりない中国史の渦中に生きた人人である。

一雨の 来るかと紫陽花 いろ淡く

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『古代支那の至宝、青銅祭祀器』展

ギメ美術館『古代支那の至宝、メイインタン所蔵青銅祭祀器』は、或る意味で特殊な興味を催す企画だった。一般には、さして話題にならなかったようだが、反面、普段あまり美術展に行かない人達も熱心に観ていた。
一つには、紀元前千四百年(殷)から西暦前後に渡る考古学の分野でもあるからだろう。この時の重みと深さとは、やや薄暗い会場に入るなり、感じられた。
門外不出の個人蔵であったことも、神秘性を増しているのかもしれない。これだけ古い時代であれば、真贋問題もあったろう。
しかし、展示物を前にすると、まず、その美しさに打たれた。思ったより小振りだった。しかし、稚拙さは無い。精密だ。三本足の鼎が、目立ったが、他にも酒、穀物、肉等用途別に工夫された大小さまざまな形態の器が並んでいた。
展示は、教育的な配慮もされていた。順路は、主題別だが、地域別時代別の図表が掲げてある。祭壇に捧げられた状態も、再現してあった。
説明は、歴史的な推移のみならず、技術面にも詳しかった。いろいろ知らない事ばかりだった。まず、これらの器が、型によって、作られている事。打ち出しで作る中近東の青銅器とは、全く別の技法である。その大規模な工房跡が、発掘されたそうである。また、銅が地域によって異なり、それが器の色にも現れている事。銅、鉛、亜鉛の配合の違い、熔解温度の困難等等。科学の知識があれば一層面白かったろう。
装飾面では、何と言って実在想像上の動物達が、微笑ましかった。龍、虎、鳥、鹿、梟、羊など。その呪術的な意味を聴くと、益々感興が深くなる。中でも,二匹の蛇に挟まれた蛙の把手には、驚いた。
その他、車付きの化粧箱、逆さまにすると皿になる蓋など、巧みな意匠が、随所に施されている。
今回も、亜細亜関係の美術を解説してくれる友人と一緒だった。特に二度目は、個人的に同行してくれた。ただ感覚的に眺めていては、見逃してしまう肝心な点を説明してもらえてよかった。

薄曇り夏の夕べの鐘の音をよそに鳴きをり森鳩一羽


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