ジャン=ポールローランス

『従兄弟ゴートレ』の御陰で、これまで名前を聞いた事もなかった画家達にも、興味を抱くようになった。
何時の頃からか、二階の一隅に古い額縁や肖像写真、誰の作品ともわからぬ油絵等とともに、数枚の版画が置いてある。おそらく『従兄弟ゴートレ』から譲られたものであろう。「あれは、好きです。」と、M氏が言ったのは、『教皇と大審問官』ジャン=ポール=ローランス、シャルル=ジロー版画、と別紙が添えてある一枚。落款は押してあるが、額には入っていない。残念ながら、輪型の染みもある。
広い石造りの宮殿風の室内。 がらんとした空間の画面中央を占める二人。教皇は、高い背もたれの椅子に腰かけて、少し身を乗り出すようにしてはいるが、横顔のためだろうか、どこか不透明で複雑さを隠した表情を伺わせる。彼が傾聴しているらしい大審問官が、骨張った長い猛禽類の爪を思わせる指先で示しているのは、異端として処刑されるべき人々であろうか。『カラマーゾフの兄弟』の挿話をおもいださせる頭巾に半ば覆われたその細長い強い意志を表す無機質な顔も、猛禽に似ている。こけた頬、尖った鼻、薄い口元。総てが陰険で酷薄な本性を表している。その緻密、正確無比な描写が醸し出す静寂そのものの画面から、凍りつくような冷気が、吹き付けて来るようだ。さらに見つめていると、蓚酸を極める宗教裁判が、その焚火の煙が、処刑者の叫び声が、背後に感じられる。
色彩に頼る事のできない黒白の版画でありながら、これほどの凝縮した緊迫感を伝えられるのは、原画の卓越した形体を捉える力と構成のためだろう。
あまり期待しないでネットで調べてみる。
自画像の写真入りで数頁に渡って出て来た。代表作の色刷り図版まで付いている。
無名の画家にしては、と思ったのは、全く私の無知のなすところで、実は、官学派の代表人物であった。恥ずかしい。
1838年生誕1921年没とあるから、19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍した、まさに『従兄弟ゴートレ』の時代。歴史画を得意としたと、ある。『教皇と大審問官』は、別名『シクスティス四世とトルケマダ』とある。反聖職者主義を標榜した画家らしい。『カトーの死』『ロベール敬虔王の破門』『ティベールの死』等々。殊に劇的な場面を精密に静謐に描いているからこそ、一層悲劇性がたかまってくる。
ふと森鴎外の歴史小説『阿部一族』『堺事件』『最後の一句』などを思い出した。

一日を降らず降りずみ曇り空夢見るごとく暮るる秋の日


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村




海辺の画家達

『従兄弟ゴートレ』の革製写真帳の最後の方に、学士院の礼服を着し、首元にも胸にも勲章を全部で四つつけた老紳士の上半身肖像写真がある。細い金縁眼鏡をかけ、顎髭も頰髭も白い。謹厳実直、温厚篤実そうな顔立ち。『ジュール=ブルトン、1827年5月1日、クールエ、1906年7月5日、巴里』とある。
同じ頁に絵葉書が挟んである。黒白写真。海の絵を描いたらしい油絵の一部を前に、 晩年のモネやルノワールを髣髴させる老人が腰掛けている。顔を半ば覆う髭も蓬髪も真っ白く、好々爺といってもいい恰幅だが、やや斜めを向いた瞳は炯々と鋭い。
背後に寄り添う初老の婦人も、こちらを向いた整った顔立ちの中で、やや切れ長の瞳が印象的だ。厚地の幄が上からさがり重厚な括り紐の飾りが付いている。
裏を返すと『親愛なるゴートレ氏』の書き出しで、氏の依頼に応え、画室で撮った一番新しい写真を送る、とある。1927年の日付、ウイサン発、ドモン、ヴィルジニー=ドモン=ブルトン。
最近便利なネットで調べる。
ジュール=ブルトンは、19世紀後半名声を博した画家で詩人。ネットの写真は、63歳の時で、額から後ろにやった顎程の長髪も、写真帳の正装の晩年より遥かに芸術家らしい。ヴィルジニーは、その娘。彼女も、女流画家として、早くから知られている。前髪の巻毛を二房ほど垂らした若い頃の写真を見ると、なかなか理知的な美人である。やはり画家である叔父エミール=ブルトンとカミーユ=コローの弟子であったアドリアン=ドモンと結婚する。ウイサンは、二人が居を定めたパ=ド=カレ県オパール海岸、仏蘭西の北の外れの海辺の村である。画家夫妻が、ここに建てた新エジプト風の住居兼画室は、19世紀末から20世紀初頭にかけて芸術家仲間のたまり場となった。ジュール=ブルトン以来の農民達の日々の営みに、土地柄漁師達の生活、風景等を精密に描く一派は、自然派とも写実派ともいえるかもしれない。
彼らと、仏蘭西国営鉄道に勤めていた『従兄弟ゴートレ』オーギュスタンは、どうして知り合ったのだろう。ヴィルジニーの従兄弟ジュール=ルイ=ブルトンは、オーギュスタンの出身ロワレ県の隣、シェール県から出馬して議員と成り、上院に入り、更に大臣となっている。何らかの関係があるのだろうか?
先年、公証人から届けられた『従兄弟ゴートレ』の遺産分配の中で、数点の絵画がアラス美術館に寄贈されている。ドモン=ブルトン夫妻の周囲の画家達の中には、ノルマンディー出身者がおり、ジュール、アドリアン、ヴィルジニーの作品も、この美術館の所有と成っている。この辺りに、仏蘭西中部で生まれ、オーヴェルニュのクレーール=モンフェランに住んだ『従兄弟ゴートレ』をアラスに結びつける鍵があるのかもしれない。まだ、よくわからない。
ともかく、アドリアンの逝去の前年、夫妻揃っての写真は暖かな言葉とともに、家族のいないオーギュスタンを喜ばせたことだろう。

海鳴りをしのびてソローニュ秋疾風


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村



幸せになったルードウードウー

例によってRとLの発音の違いは難しい。これは、ROUDOUDOU。
A町外れのプールの常連に、いつも一緒にくる中年の一組がいる。背が高く痩せぎすの男性と、小柄で丸顔の女性。いつの間にか挨拶を交わすようになった。巴里サン=ジェルマン地区にそれぞれ画廊を持ち、A町近隣の村に休暇を過ごす家があるという。
親しく話すようになったのは、時々白いマルチーズ風の犬と白黒斑の兎を連れて来ていたからで。犬はトト、兎は勿論アリス。
今年再会して開口一番、二匹の消息を尋ねた。
「アリスは、元気だけれど、トトは旅立ったの。老衰で。また新しい犬が、いるわ。トトと一緒で、動物愛護協会から来たの。」
それが、ルードウードウー。
何と言ったらいいのだろう。『ぶさ可愛い』の典型。少し大きめの小型犬。尖った小さな顔に、大きな細い三角形の耳がぴんとたち、黒く円な瞳は出目気味。薄茶色の短毛はごわごわと固いのに、よく抜けるそうである。身体の割に細く短い、がに又の脚。十一歳のお爺さん犬。ほとんど吠えず、アリスとも大の仲良し。
「この間は、関節痛で痛がって大変だったの。今日みたいに、お天気で暖かいと、調子がいいのよ。」
プール脇の桐の並木に繋がる草地を、歩いている。ひょこりん、ひょこり と。
———ああ、やはり年なのですね、と、口にでかけた時、
「ね、可愛いでしょう。踊っているみたい。」
尾を巻き上げた後ろ姿を見守りながら、婦人は、目を細めて言った。
少しでも滑稽とか剽軽とか、思った自分が恥ずかしかった。
一回りするとルードウードウーは、自分から車の助手席に乗った。軽やかにとはいえないが、前足を掛け、一生懸命跳び乗った。後ろの席には、ルードウードウー用の布製の寝床が用意してあるが、其処には、余り行きたがらないという。
「いつも、側にいたがるの。もう一度捨てられるのが、恐いらしいわ。」
「何年、愛護協会にいたのですか。」
「六年。」
「———。」
「誰にも貰われずに命を終る犬達も、沢山いるのよ。」
柔らかな座布団にすがりつくようにして目をほそめているルードウードウーの小さな腹を、秋の陽射しが暖めている。

秋晴るる森の木陰をゆくままに空の彼方へ行き過ぎの事


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村


自転車

『練兵場(シャン=ド=マルス)』を、通り抜けようとして、澄んだ高い声で呼びとめられた。
眩しい秋の陽射しを浴びて、ベンチから日除眼鏡をかけた小太りの婦人が立ち上がった。赤いカーデガンがよく似合う、いつもお洒落な情報通のG夫人。隣に坐っていた白茶の犬を連れた婦人は、隣人だろう。
自転車を停める。
「上手に乗れるようになって、よかった。よかった。」
後ろから歩いて来たM氏にも、
「調子良くこいでいるわね。これなら大丈夫。」
G夫人に褒められるとは,光栄の至り。何しろ85歳で現役の自転車乗りである。
「さっきも、此所を通るのを見ていたけれど、何処かに行くみたいだったから、呼ばなかったの。N川の散歩道に行ってきたの。」
9月の初めに自転車を買った。もう二三年前から、欲しかった。M氏や車の具合の悪い時に、独りでも行けるようにと。しかし、小学校の低学年、三輪車からコロ付きの二輪車に移ったところで母から禁止されて以来、自転車には乗っていない。もともと運動神経の鈍い私の事、町はずれのプールまで、果たして辿り着けるか、どうか。ここ数日、『練兵場』をぐるぐる廻って練習していた。乗馬用の帽子を被ってーーー。
今日は、初めての遠出である。N川沿いの散歩道は、自動車や自動二輪が禁止され、運動公園の裏口に通じている。 車道から散歩道へ通じる家屋に挟まれた狭い急な坂道を、少年時代、M氏と幼馴染みのM医師達は、自転車で滑走したそうだ。「そのままペダルをこがずに、川にかかる三本の橋を渡る競争でした。」勿論、私は、自転車を引いて降りて行った。
久しぶりの上天気、何故か子供時代を思い出させる朗らかに明るい蒼空、白雲、散歩道の片側の川の流れに目をやる余裕はないが、反対側に広がる休耕地は、柔らかな緑の草に覆われている。白い夏蝶が舞っていた。地平線を限る木立も、まだ黒ずんで見える程。しかし、白茶色の道には、ところどころ枯れ葉が溜まり、一所にはどんぶりの実が、故意に蒔いたように落ちていた。
ゆっくり歩くM氏と落合い、戻って来る頃には、少し汗ばむくらいだった。
『練兵場』から、G夫人と一緒に帰路につく。
「丁度いい高さね。これ子供用でしょう、それでいいのよ。よかった、よかった。」
何度も繰り返す夫人と別れて、家に入ってからM氏が、呟いた。
「それにしてもーーー。」
私達が、N川散歩道を往復している一時間以上、G夫人は、ずっとベンチでおしゃべりをしていたことになる。

玲瓏と光散らして秋の蝶


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村



L氏の菜園

「主人がいた頃とは、比べ物にならないのよ。」
L夫人は、何度も繰り返した。皇后ユージェーヌにも負けないまろやかななで肩が、すっかり陽に焼けている。
「息子と二人で、何とかやってみてはいるのだけれどーーー。」
L氏は、夫人に『庭』を触らせなかったから、と聞いて意外に思った。いつも色とりどりの草花や、薔薇を初め大小の花木の世話をしている夫人を見慣れていたから。『庭』とは、L氏が自分で作り上げた家の裏側の菜園を指すと説明されて、納得した。そういえば、車庫を改造したL氏の作業場を訪れると、その横に、白いアーチで区切られた菜園が広がり、トマトの赤やかぼちゃの橙色が、濃い緑の間に鮮やかだった。
朝市にも行った事がないというほど、L家の食卓は、『庭』の野菜で賑わっていたのだろう。
昨年の夏、L氏夫妻を揃って御茶に招待した。家の内外の仕事、特に鉄柵、鍵、扉、冷房等総てでお世話になっているL氏には、一夏に何度も来て頂いていたが、夫人ははじめてだった。頑健だったL氏は、やせ細り、どこか不健全に黒ずんだ顔色だったが、丈夫そうな白い歯を見せてよく笑い、時には政治談義に力を籠めていた。
今年の一月に亡くなった。癌は膵臓も冒していたらしい。本人は、治ったと告げられていたが、予め知らされていた夫人は、術後の一年七ヶ月をどんな想いですごしたのだろう。十八歳で知り合って五十七年間。
「今時、お二人のように愛し合えるのは、稀な幸せですよ。」
「そうかしら、本当に年をとればとる程、だったの」
亡くなった直後、巴里まで知らせてくれた夫人は電話口で、涙声だった。
自宅の寝台で夫人の手を握りながら息をひきとったそうだ。
「少しでも一人になりたがらなくてーーー」
力持ちで、明るく活発で、頭の回転も速かったL氏。小柄で大人しい夫人を残す事も気がかりだったろう。
今年は、夫人独りを招待した。昨年同様、甘めの白葡萄酒と手作りのお菓子で。
「猫、御覧になります。」
「あら、勿論」
夫妻は、大の猫好き。
こういう時、人見知りの激しいフェビウスは役に立たない。二階から、孫猫真心子を肩に乗せて降りる。ニャーニャー、可憐な声で鳴く灰色のもこもこした大きな塊を見ると、L夫人は歓声をあげた。誘われ猫第一候補の真心子は、すぐに夫人の腕に抱かれた。
「うちの子と、よく似ているわ、柔らかくて、毛が少し長くて。丸々しているのね」
L氏の傑作の一つ、木枠のかわりに金属製の格子戸の硝子の向こうで、菩提樹の梢を透かした午後の陽射しが、絶え間なく揺れている。

まだ青き榛の実を葉隠れに数える夜来の雨はれし朝


東北地震犬猫レスキュー.comborder="0">


にほんブログ村 猫ブログ 猫 海外生活へ
にほんブログ村



Profil

桐の葉も

Author:桐の葉も
Bienvenu à FC2 Blog !

Derniers articles
Archives mensuelles
Catégories
Recherche
Lien