如月の色

いつごろからだろう。花屋の店先に、色とりどりの椿の鉢植えが並ぶようになった。
以下は、留学して来た最初の冬の終わり、ちょうど今頃書いた反故。もう二十年以上も前の事。初めての外国暮らし。予想以上の寒さに高熱を出し、日本から連れて来た二匹の三毛猫を両脇に、 一週間程寝込んだりした。おそらく、その直後の記事だろう。
三毛猫達は、もちろん、その後一緒に暮らした猫達も虹の橋に旅立った。その最後は、一昨年天使猫となった亜子ちゃん。
今は孫猫真心子と、如月の空を眺めている。

『如月の色

この季節の巴里には色がない。人々は石造りの建物や、葉を落とした並木の梢に揺れる硬質の陽射しの内に、春の訪れを見つけようとしているらしい。
花が、ないからだ。
京都の早春を彩る椿や梅。
我が家の狭庭に咲き競う薄紅の乙女椿、茶室に一点明るさを添えていた白玉椿。幼い頃可愛がってくれた母の友人は、赤い侘助椿を好きだった。彼女の早すぎる死とともに、毎年見事に花をつけていた一株がかれたという、
その他、狭い路地の至る所で見掛けた、あの厚く輝く緑の葉と、その陰に覗くあでやかな花。この町では、ついぞみかけない。
とすると、夜会の度にマツグリット=ゴーチエの胸を飾っていたという椿は、どこからきたのだろう。写真によれば、往年のダニエル=ダリューを思わせる可憐な乙女。
ジェルモンが歌っていた南仏なら、今頃様々な花が咲き始めているのだろうか?この冬訪れたアルル近郊の赤茶色の土と寒晴れの空を背景につづいていた桃畑、杏畑を思い出す。
と、母から手紙が来た。写真同封。一瞬、息をのんだ。
玻璃のように輝く光の内に凛然と咲き静まる白梅。昨年は、二人で北野天満宮や小野に行った。 女二人で暮らしていたとはいえ、必ずしも気楽だったわけではないのに、 母との思い出は、いつも花見に出歩いていた事。何かにつかれたように、あくがれ出づる心のままにーーー。
巴里に来て三ヶ月程。新しい生活に慣れるのに精一杯で花を愛ずるゆとりもなかった。
もう少し暖かくなったらーーー。
弱々しい光の降る空を、猫達と見上げている。』

遠き日の猫と我あり紅の椿の蕾膨らむ日向


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