『イギリス文学史』斎藤勇

『くまのプーさん』を初め、『ナルニア国物語』『まぼろしの白馬』等、このブログにとりあげただけでも、子供時代には、英国文学のお世話になった。ところが、中学、高校と本格的に英語をならうようになってからは、むしろ独逸露西亜文学が中心となった。ヘッセ、カロッサ、シュニッツラー、ツルゲーネフ、ドストエフスキーなどの名は、今でも、思春期特有の、水浅葱色の空を思わせる、澄んだ柔らかな時間を蘇えらせる。それなのにーーー。
何故だろう?
受験勉強と、本来楽しめる筈の副読本の選択のためかもしれない。試験用に『イーノック=アーデン』と『人間の絆』に向かっていた時の、暗く冷え冷えした気持ちは、今も忘れられない。
斎藤勇『イギリス文学史』を読み、三十年以上経ってやっと納得した。普通でも十代の少年少女に面白い小説とは思えない。まして受験用ではーーー。
この他、この大部の著書のおかげで、判った事がたくさんある。本来は、著者が教鞭をとっていた東大の講義用。大きな活字で、原文引用のため横組で、読みやすい。 要を得て、簡潔だが、ヴェオウルフから二十世紀までの英国文学史を『自由と法則との消長交錯』から捉えるという一本筋が通っているため、単なる通史に終わっていない。
時代別の各章には、歴史背景、主な思想の流れや文学の傾向が、まず説明され、そこから具体的な個々の作家論に入って行く。
ディズニーの漫画(『アーサー王物語』)や映画(『アイヴァンフォー』)、オペラ『湖上の美女』)等、文学作品として実際に読まずに親しんでいた作品の位置付けができた。 古典とのみ思っていたシェークスピアも、演劇史における、その斬新さが納得できた。 漠然と聞いていた英国詩の重要さ、奥の深さ、日本語訳だけで読んでいたのでは伝わって来ない魅力が説明されていた。ワーズワースとコルリッジ、キーツ、バイロン等、名前は知っていても馴染みのなかった詩人達である。
著者は敬虔な新教徒であったそうだが、それだけに宗教面に対しては周到な記述がなされている。 新教徒、清教徒、国教徒のそれぞれの作家の特色や傾向も、初めて知った。
また、記述は総体に偏向なく、公正を極めているが、極稀に著者の好みが伺われる所もある。肖像の入っているサミュエル=ジョンソンには、 その敬愛の度が知られる。反対にオスカー=ワイルドやロレンスへは批判的である。もっとも、彼らは一部の文学者達に異常に礼賛されていたのかもしれない。それに慣れていた私も、最初はちょっと戸惑いをおぼえた。女流では、全く傾向の異なったジェーン=オースチンとヴァージニア=ウルフを共に認めている。両者を好きな私も何だか嬉しかった。
最後に、二十世紀の児童文学にも触れていた.
何度も校正を重ね、文献資料も索引も行き届き、学究の徒としての真摯な姿に尊敬の念を抱かずにはいられない。

時は春日はあしたとて口ずさみ三つ編み長き日々遠きかな

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