ピアノ演奏会

久しぶりにピアノ演奏会に行く。此処数日の悪天候で外出できなくなった音楽好きの先輩から、券を譲られた。初めて名を聞く中国人の女性ピアノ奏者。王羽佳。「まあ、ラン=ランみたいな感じの若手かしら」。
冷え込みは厳しいけれど、雪も雨も降っていない。凱旋門広場の地下鉄の駅を出て、音楽会場へと脚を速める人達は、すぐにわかる。サル=プレイエルは、好きな会場だ。 守衛が「まだ、600席残っている。」と、当日券を買う人に説明していた。 二階バルコン左手奥席だったが、少し前の空席に移る事ができた。
照明が消えて、演奏開始の筈が、かなり待たせる。顔を見合わせている人もいる。しびれを切らした観客の拍手と共に、真紅のドレスを纏った細身の女性が現れた。曲目は、休憩を挟んで前半ドビッシー、スクリャービン、ラヴェル、後半ラフマニノフ三曲、メンデルスゾーン、リーヴェルマン。
『飛ぶ指』とあだ名されるくらい敏捷な演奏が 評判らしい。双眼鏡で指先を見ている人もいた。前の席の男の子は、自分もピアノを習っているのか、難しさがよくわかるらしく、ラヴェルのワルツでは、身を乗り出して聞き入り、終るなり「ブラボー」と、叫んでいた。
しかし、隣の初老の夫婦は、拍手も控えているようだった。休憩時間には、「機械的」という言葉も交わされていた。24歳という若さのためとも言えるが、リパッティは、33歳で逝っている。
先月読んだ小沢征爾と武満徹の対談集『音楽』は、もう四十年程前の本。対談集がおもしろいのは、当時の世相動向を如実に反映していること。話は、小沢征爾の北京訪問から始まった。当時、やっと西欧音楽の芽が伸びはじめていた中国。ブラームスを一度も演奏した事のない楽団員を指揮する喜びを、小沢が、興奮して語っている。同じ東洋人として、感慨もひとしおだったのだろう。当時の中国に比べると、現在、隔世の感がある。
もっとも王は、十四歳から米国在住。そのためか、ラヴェルのワルツには、ジャズを思わせる節さえあった。それでいて、中国というとまず思い浮かべるあの高低の激しい、時には叩き付けるような言語が終始連想された。むしろ東洋的な繊細さを期待していたのだけれどーーー。
どこか電子音のようで、若い人達には、好かれるのかもしれない。
アルゲリッチの代役で出てきたそうだ。今では独奏をしなくなってしまった花形演奏家。「もう精神的にも技術的にも独奏の重圧にたえられないのでしょう。特に若い頃、ラフマニノフ等を得意にして力で弾いていたから。」と、あるピアノ奏者が語っていた。反対に、クララ=ハスキルの演奏は年と共に深みをました。四十年後の王羽佳は、どうなっているのだろう。ゆっくり地道に成長してほしいがーーー。
会場の熱気を後にする。


小沢征爾も武満徹も嘆いていたように、音楽の商業化が懸念されて、既に久しい。

紺青の中空高く一ひらの雲の彼方の寒の月影

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