アミアンの大聖堂

巴里北駅周辺に行く機会は殆どないが、この四月から六月にかけて、四回同駅発の電車に乗った。ユーロスターで倫敦に二回、アミアンとランス(Lの方)に一回ずつ。
倫敦へは,所用で行ったので往復路とも、車窓の景色を楽しむゆとりがなかった。
五月下旬のアミアン、六月初めのランス行きは、両日とも曇り空だったが、延々と続く牧草地や遠近の森の木立の深い緑、未だ青い麦畑や、明るい黄色の菜の花畑、沿線の白い卯の花や野茨、黄金色の金雀枝などが、目に鮮やかだった。
アミアンの大聖堂は、この冬のコレージュ=ド=フランスの講義を聴講して以来縁のあるプルーストをめぐる旅の一環ともいえる。著者が傾倒した美術史家ラスキンが絶賛したゴシック美術の粋。何故か、今まで訪れる機会がなかった。
巴里のノートル=ダムは勿論、田舎の家に近いブールジュ、何度も訪れたルーアン、ストラスブルク、ランス(Rの方)、三月にイリエ=コンブレーを訪れた際通過して再会したシャルトル等々。敢えて観光というほどでもなく、親しんでいたのに。巴里から電車で一時間強のこの大聖堂は,見逃していた。
近代的な、どこかさっぱりとした家並みを通って大伽藍の後ろ側から近づいていく。駐車場などがある。そこから角を曲がって正面の広場にでるとーーー。
ともかく高い。現存大伽藍で随一だと言う。そして、美しい。
「凍れる音楽」というが、上に上に伸びて行く二つの塔も、反対に緻密に刻み込まれた浮き彫りも、総てに快い調和がとれている。
朝一番であったこともあり、内部も深閑としている。人影は少なく、寂然と木漏れ日の差す森の広場にはいっていくようだ。
薔薇窓、色玻璃硝子、多彩な彫刻や浮き彫り等、見所も多い。歴代の王も巡礼参拝したという洗礼者ヨハネの首級には、ちょっと畏れをなしてしまったが。
印象に残ったのは、『泣きじゃくる天使』。祭壇の裏側、少し見上げる位置に腰掛け死者を嘆いている。目も口もゆがめて、顔をくしゃくしゃにして、身もよもないと言う風に哭いている。第一次世界大戦のおりに、蓚酸を極めた戦地の兵士達に送られた絵葉書で有名になったそうだ。コレージュ=ド=フランスのコンパニョン教授の講義も『プルースト1913年』。その翌年からの大戦で、作品中のサン=ルー同様、著者の多くの友人が戦死する。堀田善衛の『美しきもの見し人は』の中に、ランスの有名な『微笑みの天使』等は、近在の農家の三姉妹を写したものだろうという愉しい推測があった。その伝でいくと、アミアンの大聖堂の『黄金の聖母』も、あどけない微笑みをうかべている近在の農家のうら若い母親なのかもしれない。そして彼女の遠い子孫達も、戦場に散っていったのだろう。
アミアンの大聖堂は、十三世紀には、すでに形作られていたという。偶々、講読雑誌『スペクタル=ド=モンド』の特集が大聖堂だった。
その豊かで深い歴史背景、工夫に富んだ精緻な建築技術、一石一石築き上げ装飾をほどこしていった有名無名の職人達、そして今現在もその保存修復に携わる専門の職人達の記事がでていた。
アミアン行きは、長い時の流れを経たもののみのもつ貴さに触れる事の出来た幸せな一時だった。

朝曇り空も静かな塔のはて見上げし母と子も幾たりか

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