L氏の菜園

「主人がいた頃とは、比べ物にならないのよ。」
L夫人は、何度も繰り返した。皇后ユージェーヌにも負けないまろやかななで肩が、すっかり陽に焼けている。
「息子と二人で、何とかやってみてはいるのだけれどーーー。」
L氏は、夫人に『庭』を触らせなかったから、と聞いて意外に思った。いつも色とりどりの草花や、薔薇を初め大小の花木の世話をしている夫人を見慣れていたから。『庭』とは、L氏が自分で作り上げた家の裏側の菜園を指すと説明されて、納得した。そういえば、車庫を改造したL氏の作業場を訪れると、その横に、白いアーチで区切られた菜園が広がり、トマトの赤やかぼちゃの橙色が、濃い緑の間に鮮やかだった。
朝市にも行った事がないというほど、L家の食卓は、『庭』の野菜で賑わっていたのだろう。
昨年の夏、L氏夫妻を揃って御茶に招待した。家の内外の仕事、特に鉄柵、鍵、扉、冷房等総てでお世話になっているL氏には、一夏に何度も来て頂いていたが、夫人ははじめてだった。頑健だったL氏は、やせ細り、どこか不健全に黒ずんだ顔色だったが、丈夫そうな白い歯を見せてよく笑い、時には政治談義に力を籠めていた。
今年の一月に亡くなった。癌は膵臓も冒していたらしい。本人は、治ったと告げられていたが、予め知らされていた夫人は、術後の一年七ヶ月をどんな想いですごしたのだろう。十八歳で知り合って五十七年間。
「今時、お二人のように愛し合えるのは、稀な幸せですよ。」
「そうかしら、本当に年をとればとる程、だったの」
亡くなった直後、巴里まで知らせてくれた夫人は電話口で、涙声だった。
自宅の寝台で夫人の手を握りながら息をひきとったそうだ。
「少しでも一人になりたがらなくてーーー」
力持ちで、明るく活発で、頭の回転も速かったL氏。小柄で大人しい夫人を残す事も気がかりだったろう。
今年は、夫人独りを招待した。昨年同様、甘めの白葡萄酒と手作りのお菓子で。
「猫、御覧になります。」
「あら、勿論」
夫妻は、大の猫好き。
こういう時、人見知りの激しいフェビウスは役に立たない。二階から、孫猫真心子を肩に乗せて降りる。ニャーニャー、可憐な声で鳴く灰色のもこもこした大きな塊を見ると、L夫人は歓声をあげた。誘われ猫第一候補の真心子は、すぐに夫人の腕に抱かれた。
「うちの子と、よく似ているわ、柔らかくて、毛が少し長くて。丸々しているのね」
L氏の傑作の一つ、木枠のかわりに金属製の格子戸の硝子の向こうで、菩提樹の梢を透かした午後の陽射しが、絶え間なく揺れている。

まだ青き榛の実を葉隠れに数える夜来の雨はれし朝


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