自転車

『練兵場(シャン=ド=マルス)』を、通り抜けようとして、澄んだ高い声で呼びとめられた。
眩しい秋の陽射しを浴びて、ベンチから日除眼鏡をかけた小太りの婦人が立ち上がった。赤いカーデガンがよく似合う、いつもお洒落な情報通のG夫人。隣に坐っていた白茶の犬を連れた婦人は、隣人だろう。
自転車を停める。
「上手に乗れるようになって、よかった。よかった。」
後ろから歩いて来たM氏にも、
「調子良くこいでいるわね。これなら大丈夫。」
G夫人に褒められるとは,光栄の至り。何しろ85歳で現役の自転車乗りである。
「さっきも、此所を通るのを見ていたけれど、何処かに行くみたいだったから、呼ばなかったの。N川の散歩道に行ってきたの。」
9月の初めに自転車を買った。もう二三年前から、欲しかった。M氏や車の具合の悪い時に、独りでも行けるようにと。しかし、小学校の低学年、三輪車からコロ付きの二輪車に移ったところで母から禁止されて以来、自転車には乗っていない。もともと運動神経の鈍い私の事、町はずれのプールまで、果たして辿り着けるか、どうか。ここ数日、『練兵場』をぐるぐる廻って練習していた。乗馬用の帽子を被ってーーー。
今日は、初めての遠出である。N川沿いの散歩道は、自動車や自動二輪が禁止され、運動公園の裏口に通じている。 車道から散歩道へ通じる家屋に挟まれた狭い急な坂道を、少年時代、M氏と幼馴染みのM医師達は、自転車で滑走したそうだ。「そのままペダルをこがずに、川にかかる三本の橋を渡る競争でした。」勿論、私は、自転車を引いて降りて行った。
久しぶりの上天気、何故か子供時代を思い出させる朗らかに明るい蒼空、白雲、散歩道の片側の川の流れに目をやる余裕はないが、反対側に広がる休耕地は、柔らかな緑の草に覆われている。白い夏蝶が舞っていた。地平線を限る木立も、まだ黒ずんで見える程。しかし、白茶色の道には、ところどころ枯れ葉が溜まり、一所にはどんぶりの実が、故意に蒔いたように落ちていた。
ゆっくり歩くM氏と落合い、戻って来る頃には、少し汗ばむくらいだった。
『練兵場』から、G夫人と一緒に帰路につく。
「丁度いい高さね。これ子供用でしょう、それでいいのよ。よかった、よかった。」
何度も繰り返す夫人と別れて、家に入ってからM氏が、呟いた。
「それにしてもーーー。」
私達が、N川散歩道を往復している一時間以上、G夫人は、ずっとベンチでおしゃべりをしていたことになる。

玲瓏と光散らして秋の蝶


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