海辺の画家達

『従兄弟ゴートレ』の革製写真帳の最後の方に、学士院の礼服を着し、首元にも胸にも勲章を全部で四つつけた老紳士の上半身肖像写真がある。細い金縁眼鏡をかけ、顎髭も頰髭も白い。謹厳実直、温厚篤実そうな顔立ち。『ジュール=ブルトン、1827年5月1日、クールエ、1906年7月5日、巴里』とある。
同じ頁に絵葉書が挟んである。黒白写真。海の絵を描いたらしい油絵の一部を前に、 晩年のモネやルノワールを髣髴させる老人が腰掛けている。顔を半ば覆う髭も蓬髪も真っ白く、好々爺といってもいい恰幅だが、やや斜めを向いた瞳は炯々と鋭い。
背後に寄り添う初老の婦人も、こちらを向いた整った顔立ちの中で、やや切れ長の瞳が印象的だ。厚地の幄が上からさがり重厚な括り紐の飾りが付いている。
裏を返すと『親愛なるゴートレ氏』の書き出しで、氏の依頼に応え、画室で撮った一番新しい写真を送る、とある。1927年の日付、ウイサン発、ドモン、ヴィルジニー=ドモン=ブルトン。
最近便利なネットで調べる。
ジュール=ブルトンは、19世紀後半名声を博した画家で詩人。ネットの写真は、63歳の時で、額から後ろにやった顎程の長髪も、写真帳の正装の晩年より遥かに芸術家らしい。ヴィルジニーは、その娘。彼女も、女流画家として、早くから知られている。前髪の巻毛を二房ほど垂らした若い頃の写真を見ると、なかなか理知的な美人である。やはり画家である叔父エミール=ブルトンとカミーユ=コローの弟子であったアドリアン=ドモンと結婚する。ウイサンは、二人が居を定めたパ=ド=カレ県オパール海岸、仏蘭西の北の外れの海辺の村である。画家夫妻が、ここに建てた新エジプト風の住居兼画室は、19世紀末から20世紀初頭にかけて芸術家仲間のたまり場となった。ジュール=ブルトン以来の農民達の日々の営みに、土地柄漁師達の生活、風景等を精密に描く一派は、自然派とも写実派ともいえるかもしれない。
彼らと、仏蘭西国営鉄道に勤めていた『従兄弟ゴートレ』オーギュスタンは、どうして知り合ったのだろう。ヴィルジニーの従兄弟ジュール=ルイ=ブルトンは、オーギュスタンの出身ロワレ県の隣、シェール県から出馬して議員と成り、上院に入り、更に大臣となっている。何らかの関係があるのだろうか?
先年、公証人から届けられた『従兄弟ゴートレ』の遺産分配の中で、数点の絵画がアラス美術館に寄贈されている。ドモン=ブルトン夫妻の周囲の画家達の中には、ノルマンディー出身者がおり、ジュール、アドリアン、ヴィルジニーの作品も、この美術館の所有と成っている。この辺りに、仏蘭西中部で生まれ、オーヴェルニュのクレーール=モンフェランに住んだ『従兄弟ゴートレ』をアラスに結びつける鍵があるのかもしれない。まだ、よくわからない。
ともかく、アドリアンの逝去の前年、夫妻揃っての写真は暖かな言葉とともに、家族のいないオーギュスタンを喜ばせたことだろう。

海鳴りをしのびてソローニュ秋疾風


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